「ウチもアンタに払うカネあるし」必殺!「相殺(そうさい)」でチャラ!

ここで学べる学習用語:相殺、弁済、代物弁済、供託
第32回: 「ウチもアンタに払うカネあるし」必殺!「相殺(そうさい)」でチャラ!
債権譲渡という、まるでカードゲームの魔法みたいな技を神崎さんに教えてもらった俺は、少しだけ、いや、かなり自信をつけ始めていた。資金繰りが行き詰まった時に、売掛金を現金化する「ファクタリング」なんて知識、これまでの俺には縁のない話だったからな。これで、ビジラボの未来も少しは明るく…って思ってたんだけど、人生もビジネスも、そんなに甘くなかった。
1. 「社長、これ、相殺できませんか?」経理の冷静な一言が俺を悩ませる
「社長、お疲れ様です。来月の支払いリスト、確認をお願いします」
いつものように、斉藤さんが分厚い資料を持って俺のデスクにやってきた。経理の斉藤さんは、俺の突拍子もないアイデアを、常に数字と現実という冷徹な目で冷静に評価してくれる、ビジラボには欠かせない存在だ。正直、数字の羅列は苦手だけど、彼女の説明はいつも分かりやすい。
「おお、斉藤さん、サンキュー!今月もいろいろ出費がかさむなぁ…。あれ?そういえば、A社からの入金って、まだでしたっけ?」
俺は資料をめくりながら、ふと気になったことを尋ねた。A社とは、以前、うちのSaaSを導入してもらって以来、順調に契約を重ねていた大手企業だ。先月、大規模な機能追加の案件を受注したばかりで、その分の請求書はもう送ってあるはずだった。
斉藤さんはメガネの奥から、少し困ったような表情で俺を見た。 「ええ、まだですね。それが、先方から連絡がありまして…」
なんだ?嫌な予感がする。資金繰りが少し楽になったと思った矢先に、また何かのトラブルか?俺の心臓がドクンと嫌な音を立てた。
「あの、先月、社長が急遽出張で使った新幹線のチケット代と、ホテル代、あと接待の費用。あれ、A社さんのシステムが一部ダウンしたせいで、スケジュールが狂ったってことで、先方が建て替えてくれたんでしたよね?」
斉藤さんが恐る恐る尋ねてきた。 「あ、ああ、そういえばそんなこともあったな!マジか、すっかり忘れてた…」
俺は額を叩いた。そういえば、先方のシステムトラブルで会議がリスケになり、急遽予定を変更したんだった。その時の費用を、A社の担当者が「うちのシステム不具合のせいですから、今回はウチで負担しますよ」と言って、全て建て替えてくれたんだ。
「その領収書と請求書が、A社さんから届いてまして。額面で言うと、新幹線の往復と宿泊費、それから接待費用を合わせて…約15万円ですね」
「15万か…結構な額だな。でも、うちはA社に、大規模な機能追加で50万円の請求してるよな?入金はいつになるって?」
俺は少し安心した。50万円の売掛金があるなら、15万円の支払いは痛いけど、トータルで見ればプラスだ。それに、一時的な出費を立て替えてくれたんだから、感謝すべきことだ。
斉藤さんは資料の隅を指差しながら、冷静に続けた。 「それがですね、A社さんからこんなメッセージが添えられていたんです。『御社への未払金50万円について、今月中に支払います。つきましては、弊社が立て替えた15万円と相殺(そうさい)させていただくことは可能でしょうか?』と…」
「…そうさい?」
俺は聞き慣れない言葉に、耳を疑った。相殺?なんか、聞いたことあるような、ないような…。漢字は「相殺」。お互いに殺し合う?いやいや、そんな物騒なわけないだろ。
「つまり、50万円から15万円を差し引いて、残りの35万円だけを振り込みたい、ということだと思います」
斉藤さんが俺の困惑を見抜いたように説明してくれた。
「おお!なるほど!そういうことか!じゃあ、全然OKじゃん!そっちの方が、俺たちも15万円を改めてA社に振り込む手間が省けるし、一石二鳥じゃん!早くそうしてくれればよかったのに!」
俺はあっけらかんと言い放った。なんだよ、そういうことか。別にいいじゃん、全然問題ない。手間が省けてむしろラッキーだ。俺はすぐに斉藤さんに「A社にその旨伝えて、来月入金処理してもらって」と指示を出そうとした。
だが、斉藤さんは俺の言葉を遮るように、眉間にしわを寄せた。 「社長。それは…本当に問題ないんでしょうか?経理処理的には、相殺の通知が正式に必要になりますし、そもそも、法的にこの『相殺』が認められるかどうか…」
「え?法的に?何が問題なんだよ。単純に、お互いがお互いに払うお金があって、それを差し引きするだけだろ?そんなんで法律がどうとか、マジでめんどくせーな…」
俺は心底うんざりした。せっかく債権譲渡で少し法律への苦手意識が薄れたのに、また新しい壁かよ。お互い納得してるんだから、それでいいじゃん!と思う俺と、法的な厳密性を求める斉藤さんとの間に、小さな溝が生まれた気がした。
俺が頭を抱えていると、タイミングを見計らったかのように、いつもの声が背後から聞こえてきた。
「青木さん、また何かトラブルですか?先ほどから、大きな声が聞こえていましたよ」
振り返ると、そこには神崎さんが、いつものように冷静な表情で立っていた。彼女の視線が、俺と斉藤さんが広げたA社からのメールと資料に落ちる。
「あ、神崎さん!ちょうどいいところに!あのですね、A社がウチへの支払いと、ウチがA社に払う費用を、なんか『相殺』したいって言ってるんですけど、これってそんなにややこしい話なんですかね?」
俺は救いを求めるように神崎さんに詰め寄った。神崎さんは資料に目を通すと、小さくため息をついた。
「青木さん、それは『相殺』という、非常に強力な、しかし取り扱いを間違えると大変なことになる権利の話です。確かに便利ですが、単に『帳消し』にできるという認識は…致命的に間違っています」
神崎さんの言葉に、俺はまたしてもフリーズした。え、致命的って…。俺は、また何かやらかそうとしていたのか?
2. 「チャラ」は魔法じゃない。神崎が語る債権消滅のルール
「致命的…って、そんなにですか、神崎さん?」
俺は背筋が凍るような思いで神崎さんを見上げた。斉藤さんも、俺の横で真剣な表情で神崎さんの言葉を待っている。
「ええ、非常に。相殺は、法的には『債権の消滅』という重要な効果をもたらします。青木さんは、前回『債権』が会社にとってどれほど重要な『財産』であるかを学んだはずです」
「うぐ…はい、もちろん。売掛金は会社の財産、と…」
「そうです。その財産である債権を、相手方の債権とぶつけて消滅させる行為が『相殺』です。これは、一方的な意思表示だけで行使できる、極めて強力な権利なんですよ」
神崎さんはそう言って、ホワイトボードにマジックでサラサラと書き始めた。
「まず、大前提として、債権が消滅する最も一般的な方法は何だと思いますか、青木さん?」
「えーと…そりゃ、相手がお金を払ってくれたら…ですか?」
「その通りです。それを法的には『弁済(べんさい)』と言います」
【神崎の補足解説】弁済(べんさい)とは?
債務者が、その債務の内容に従った給付(多くは金銭の支払い)を行うことによって、債権が消滅すること。最も一般的な債務消滅原因であり、取引を円滑に進める上で不可欠な行為である。ビジラボの場合、顧客から売掛金を回収することや、仕入先への買掛金を支払うことが「弁済」に該当する。
「弁済…なるほど。お金払うってことですね」
「ええ。しかし、ビジネスの世界では、必ずしも金銭だけで弁済が行われるわけではありません。例えば、金銭の代わりに別のモノで支払うことを相手が合意した場合、それを『代物弁済(だいぶつべんさい)』と言います」
【神崎の補足解説】代物弁済(だいぶつべんさい)とは?
債務者が、本来の債務の内容と異なる給付(例:現金債務の代わりに物品で支払う)を行うことについて、債権者がこれを受け入れることで、本来の債務が消滅すること。双方の合意が必要となる。スタートアップでは、金銭が不足している時に、自社サービスや製品を相手に提供することで債務を免除してもらう、といった形で活用されることがある。
「へー!じゃあ、うちのSaaSの利用料を、別の企業のサーバで支払うとかもアリってことですか?」
「双方の合意があれば、法的には可能です。ただ、価値評価の難しさなどから、実務で頻繁に用いられるわけではありませんが。そして、もし債権者が、正当な理由なく弁済の受領を拒否した場合、債務者は債務の内容物を『供託(きょうたく)』することで、債務を消滅させることができます」
【神崎の補足解説】供託(きょうたく)とは?
債権者が弁済の受領を拒否したり、債権者が誰であるか不明であったりする場合に、債務者が債務の目的物(金銭や有価証券など)を供託所(法務局)に預け、債務を免れる制度。これにより、債務不履行の責任を問われることなく債務が消滅する。
「ほー!そんな制度があるんですね。でも、今回のA社との話は、お互いにお金を払い合うっていう話ですよね?なんでそんな複雑な話になるんですか?」
俺はまだ、相殺の何がそんなに「致命的」なのか、腑に落ちていなかった。
神崎さんは俺の疑問を予想していたかのように、冷静に続けた。 「青木さん。今回のケースでは、ビジラボがA社に対して50万円の債権(売掛金)を持ち、同時にA社に対して15万円の債務(建て替えてもらった費用)を負っています。そして、A社もまた、ビジラボに対して50万円の債務と、15万円の債権を持っているわけです。このように、お互いが同種の債権・債務を持ち合っている場合に、それぞれを対当額で消滅させるのが『相殺』です」
3. 神崎の法務レクチャー:「相殺」は最強の盾にして諸刃の剣
【神崎の法務レクチャー】
「青木さん、先ほどの状況を図で見てみましょう。
ビジラボ → A社:50万円の債権(SaaS利用料+機能追加費用) ビジラボ ← A社:15万円の債務(建て替え費用)
A社 → ビジラボ:15万円の債権(建て替え費用) A社 ← ビジラボ:50万円の債務(SaaS利用料+機能追加費用)
これが、お互いが債権と債務を背中合わせに持っている状態です。この場合、A社はビジラボに対する15万円の債権と、ビジラボがA社に対する50万円の債権を対当額(この場合は15万円)だけ消滅させると主張しているわけです。
相殺は、一方的な意思表示だけで行うことができます。つまり、A社が『相殺します』とビジラボに通知すれば、ビジラボの承諾がなくても、法的には債権が消滅してしまうのです。これが、相殺の非常に強力な側面であり、同時にリスクでもある点です。
では、どんな債権でも相殺できるかというと、そうではありません。相殺が認められるためには、いくつかの要件があります。最も重要なのが『相殺適状(そうさい てきじょう)』という状態です。
相殺適状の主要な要件は以下の通りです。
お互いが同種の債権・債務を持っていること(互いの債務が同種であること)
- 今回のケースでは、ビジラボもA社も、互いに「金銭債権」「金銭債務」を持っていますから、これはクリアです。これが、例えば一方が「お金」、もう一方が「物品の引き渡し」という債務だった場合、原則として相殺はできません。
両方の債権が弁済期にあること(双方の債務が弁済期にあること)
- これは重要です。弁済期とは、支払いをする時期のことですね。A社がビジラボに支払うべき50万円と、ビジラボがA社に支払うべき15万円、どちらも既に支払うべき時期が来ているか、あるいはいつでも支払うことができる状態になっている必要があります。
- もし、ビジラボがA社に支払う15万円の弁済期がまだ先だった場合、ビジラボ側からは相殺を主張できません(ただし、A社から相殺を主張することは可能です。期限の利益は放棄できるため)。
相殺を禁止する特約や、法律上の規定がないこと
- 契約書に『相殺を禁止する』という条項(相殺禁止特約)が盛り込まれていることがあります。この特約があれば、原則として相殺はできません。ビジラボのサービス契約書や、A社との個別の業務委託契約書に、そういった特約がないか確認する必要があります。
- また、法律上、特定の債権については相殺が禁止されている場合があります。例えば、不法行為による損害賠償債権を受動債権(相殺される側の債権)とする相殺は、悪用を防ぐために原則禁止されています。
今回のケースで言えば、A社からの申し入れは、この『相殺適状』を満たしている可能性が高いでしょう。
相殺のメリットは、青木さんがおっしゃったように『決済の手間が省ける』という点も確かにあります。しかし、それ以上に重要なのは、『取り立ての手間を省き、債権を確実に回収できる』という点です。
想像してみてください。もしA社が財政難に陥り、ビジラボへの50万円を支払えなくなったとします。しかし、ビジラボがA社に15万円の債務を負っていた場合、相殺を主張できなければ、ビジラボは15万円を支払わなければならない一方で、50万円は回収できない、という最悪の事態になりかねません。
相殺は、そのような場合に、自社の債務と相手の債権をぶつけることで、確実に債権を回収する(あるいは債務を減らす)ことができる、非常に強力な手段なのです。言ってみれば、債権回収における『最後の砦』の一つと言えるでしょう。
特に、相手が倒産状態に陥った場合など、他の債権者はほとんど回収できない状況でも、相殺適状にある債権を持っていれば、事実上、その債権だけは全額回収できたのと同じ効果が得られます。これを『相殺の担保的機能』と言います。
ただし、注意点もあります。
相殺を主張する側からの『相殺通知』が必要
- 相殺は自動的に行われるものではありません。どちらか一方から、相手方に対して『相殺します』という意思表示(相殺通知)を行う必要があります。今回のA社のメールが、まさにその『相殺通知』に該当するわけです。
遡及効(そきゅうこう)
- 相殺の効果は、相殺適状になった時点に遡って発生します。つまり、通知をした時点ではなく、両方の債権が相殺できる状態になった時点から、債権が消滅していたとみなされるのです。これは、例えば利息の計算などで影響が出てくることがあります。
差し押さえとの関係
- もしビジラボのA社に対する50万円の債権が、何らかの理由で第三者(例えばビジラボの別の債権者)によって差し押さえられていた場合、原則として、その債権を受働債権(相殺される側の債権)とする相殺はできません。これは、第三者の権利を保護するためです。
青木さん、相殺は『お互いの借金を帳消しにする魔法』ではありません。それは、法的な厳格な要件と効果を持つ、強力な『権利』なのです。そして、その権利を行使するかしないかは、経営者であるあなたの判断にかかっています。
A社からの相殺の申し入れは、今回のケースでは問題なさそうですが、もしビジラボが逆にA社に請求したい場合、あるいは別の取引先との間で相殺を検討する場合、これらの要件をしっかり確認しなければなりません。
特に、スタートアップにおいては、複数の取引先と並行して関係を築き、売掛金と買掛金が頻繁に発生します。資金繰りの安定化のためにも、相殺が可能な状況を的確に判断し、時には自社から戦略的に相殺を申し入れることも重要になってくるでしょう。
ただし、相殺は相手との信頼関係にも影響を与える可能性があります。特に相手が苦境に陥っているときに一方的に相殺を主張すれば、今後の関係にヒビが入ることもあります。法的に有効な手段であるとはいえ、ビジネス上の人間関係を考慮することも忘れてはなりません」
4. 便利すぎるがゆえの落とし穴…俺のズレた認識を修正する
神崎さんの解説を聞きながら、俺は冷や汗をかいていた。単に「帳消しにできるからラッキー!」なんて思ってた自分が恥ずかしい。相殺が、ここまで強力で、かつ厳密なルールの上に成り立っている権利だとは、夢にも思わなかった。
「うおおお…なるほど…。つまり、要は、俺がA社に50万円請求してて、A社も俺に15万円請求してると。で、お互いに『金払え』って言える状態になってるなら、A社が『じゃあ、差額だけね』って言えば、それだけで法的に俺の50万円の請求権のうち15万円分は消えちゃうってことですか?」
俺は必死に、自分の言葉に翻訳しようと試みた。
「その通りです、青木さん。非常に良い理解ですね。ただし、『弁済期が来ているか』という点が重要です。もし、A社の15万円の請求の弁済期がまだ来ていなかったらどうなると思いますか?」
神崎さんの問いかけに、俺は少し考える。 「えっと…俺たちは15万円払う必要がないから、その時点では相殺できない?でも、A社は50万円払う義務があるから、先に払ってもらって、こっちの15万円は後で払えばいいってこと…?」
「惜しいですね、青木さん。A社から相殺の意思表示があった場合、もしA社の15万円の債権の弁済期がまだ来ていなかったとしても、A社は自分の期限の利益を放棄して相殺を主張できます。問題は、ビジラボ側がその15万円の債務の弁済期が来ていなければ、ビジラボから相殺を主張することはできないということです」
「うわ!ややこしい!なんでそっちからはできないんすか?」
「それは、相手方の『期限の利益』を害さないためです。例えば、A社がビジラボに『3ヶ月後に15万円支払う』という約束をしていたとして、ビジラボが一方的に『今すぐ相殺する!』と言ってしまうと、A社は3ヶ月間資金を運用できるはずだった利益を失ってしまうでしょう?しかし、A社自身が『期限の利益を放棄して今すぐ相殺したい』と申し出るのは自由です。あくまで一方的に相手の利益を奪わないというのが原則です」
なるほど、と俺は唸った。俺の認識は、まだ少しズレていたようだ。相殺は便利だけど、その裏には複雑なルールの網の目がある。
「じゃあ、今回のA社のケースは、たまたまお互いの弁済期が来てて、相殺禁止特約もなさそうだから、そのまま受けても問題ないってことですね?」
「はい、その可能性が高いでしょう。斉藤さん、契約書に相殺禁止特約がないかだけは、念のため確認しておいてください」
斉藤さんが「承知いたしました」と手帳にメモしている。
「しかし、神崎さん…これ、もし相手が倒産寸前で、俺たちが相殺できる債権を持ってるのに、それを知らずに別の債権だけ先に払ってしまってたら…と思うと、ゾッとしますね」
俺は本当に怖くなった。債権譲渡の時もそうだったけど、知らないってことが、どれだけ会社を危険に晒すか。神崎さんの言う通り、「相殺の担保的機能」ってやつを、俺は全く理解していなかった。
「ええ、青木さん。だからこそ、日頃からの債権・債務の管理が非常に重要なのです。どの取引先にいくら請求していて、どの取引先にいくら支払う義務があるのか、そして、それぞれの弁済期はいつなのか。それを常に把握しておくことが、いざという時に会社を守る盾になります」
神崎さんの言葉は、俺の経営者としての心に深く刺さった。便利な魔法だと思っていた「相殺」は、実は、日々の地道な管理と、正確な知識の上に成り立つ、強靭な「盾」だったんだ。
5. 債権回収の知恵を盾に、ビジラボは次の戦場へ
A社からの「相殺します」という連絡は、俺にとって単なる支払いの調整ではなかった。それは、債権回収という攻防において、いかに法律の知識が武器になり、そして盾になるかを痛感させられる出来事だった。
「斉藤さん、A社への返答は、相殺の件、OKで進めてください。ただし、メールではなく、ちゃんと『相殺通知書』という形で書面でやり取りをしましょう。神崎さんの話を聞いて、それが重要だってことが分かりました」
俺は斉藤さんに指示を出しながら、胸の中に新しい決意が生まれるのを感じていた。俺は、これまで感覚と情熱だけで突っ走ってきた。それがビジラボのエンジンではあるけれど、このままじゃいつか、見えない「法務の落とし穴」に落ちて、会社を潰してしまうかもしれない。
「相殺」という言葉一つに、ここまで深い意味と戦略がある。それを知らずに「チャラでいいや」なんて、経営者としてはあまりにも無責任だった。
「マジで、法務ってヤバいけど…ヤバいからこそ、ちゃんと学んで、使いこなせるようにならねぇと。ビジラボを成長させるためにも、俺がもっと賢くならなきゃいけないんだ!」
俺は心の中でそう誓った。神崎さんの存在は、俺にとっての安全弁であり、最強の教師だ。これからも、彼女の言葉の一つ一つを真剣に受け止め、ビジラボという船を沈ませないための航海術を、必死で学び続けよう。
今日の「相殺」という学びは、きっと、俺がこれから乗り越えるであろう数々の金銭トラブルから、ビジラボを守るための、大切な盾となるはずだ。
2. 記事のまとめ (Summary & Review)
📚 今回の学び(神崎メンターの総括)
【学習ポイント1】相殺とは、お互いが債権・債務を持ち合う場合に、一方的な意思表示でそれらを対当額で消滅させる強力な権利である。
【学習ポイント2】相殺が認められるためには、お互いが同種の債権・債務を持ち、かつ双方の債務が弁済期にあること(相殺適状)が主な要件となる。
【学習ポイント3】相殺の最大のメリットは、債権回収の手間を省くだけでなく、相手が倒産状態に陥った際などに、自社の債権を確実に回収する『担保的機能』を持つことにある。
【学習ポイント4】相殺の通知は口頭でも可能だが、後々のトラブルを避けるためにも、必ず書面(相殺通知書)で行うことが推奨される。
【学習ポイント5】弁済(金銭の支払いによる債務消滅)は最も基本的な債務消滅方法。特殊なケースとして、代物弁済(合意の上で別の物で支払う)や供託(債権者が受領拒否した場合に、供託所に預けて債務を消滅させる)もある。
今週のリーガルマインド(神崎の教訓) 「債権債務の管理は、単なる会計処理ではありません。それは、時に会社の生死を分ける『権利』と『義務』の駆け引きです。相殺という盾を正しく使いこなすためにも、日々の債権状況を正確に把握し、その法的意味を理解する『先見の明』を持ちなさい」
💭 青木の気づき(俺の学び)
「相殺って、単に『チャラにする』って軽いもんじゃなくて、マジで会社の命運を左右するくらい強力な権利なんだな。相手が倒産しそうな時に、相殺できるかどうかで、会社の資金繰りが全然変わってくるってのは、本当にゾッとする話だった」
「お金のやり取りって、ただの『お金の移動』じゃないんだ。そこには『債権』とか『債務』とかいう、目に見えないけど確固たる権利と義務が存在してて、それを法律がガッチリ守ってる。そのルールを知らないと、俺たちが不利な状況に立たされるってことだ。これからは、もっと意識して債権債務の管理を徹底しないとヤバい!」
「なんでもかんでも『手間が省けるから』って安易に受け入れちゃダメなんだ。一つ一つの法的な意味を理解した上で、最善の選択をしないと。危うくまた俺の楽観主義が会社を危険に晒すところだったぜ…」
3. 次回予告 (Next Episode)
A社との相殺の件は、法的に問題なく処理できる見込みが立ち、俺は胸をなでおろしていた。債権回収の奥深さを知った俺は、もうどんな金のトラブルも怖くない…と、少しばかり慢心していたのかもしれない。
そんなある日、ビジラボのSaaSサービスがいよいよ一般ユーザー向けに大々的にプロモーションを開始することになった。俺は「業界No.1!」「今だけ半額!」と、景気の良い言葉を並べた広告原稿を意気揚々と作っていた。俺の熱い情熱を伝えれば、きっとユーザーは集まるはずだ!そう信じていた俺に、神崎さんは冷ややかな視線を向け、静かにこう言った。
「青木さん、その表現は『優良誤認』。下手をすれば『景品表示法違反』で、ビジラボの信頼は地に落ちますよ」
次回: 第33回 騙されるな! 景品表示法と独占禁止法

