「業務委託」と「派遣」と「パート」。一番オトクなのは?(落とし穴あり)

メンバー紹介

ここで学べる学習用語:パートタイム・有期雇用労働法, 労働者派遣法, 労働安全衛生法, 労働者災害補償保険(労災)


第60回: 「雇う」の選択肢が多すぎる! 働き方改革と隠れたリスク

「うおおお!いける!いけるぞ、ビジラボ!」

俺、青木健一は、オフィスチェアの上で小さくガッツポーズをした。目の前のホワイトボードには、俺たちのSaaSサービス『ビジラボワークス』のユーザー数の伸びを示すグラフが右肩上がりに描かれている。 順調だ。順調すぎるくらいだ。 開発を担う田中が、目を血走らせながらキーボードを叩いている姿が見える。彼の隣には、経理・総務を一人で切り盛りする斉藤さんが、うんうん唸りながら帳簿と格闘中だ。

「社長、このままだと手が足りません」

ふと、斉藤さんが深刻な顔で俺に言った。 「人員増強は急務です。特に、田中さんの開発チームはパンク寸前ですし、私もそろそろ経理・総務の専門家が欲しい…」

俺はニヤリと笑った。「ですよね!俺もそう思ってました!よし、ガンガン採用だ!新しい仲間を増やして、もっとサービスをブーストさせるぞ!」

斉藤さんはため息を一つ。「それは私も同意見です。ただ…その『雇い方』ですよね。正社員を増やすのは、コストもリスクも高い。もっと柔軟に、業務委託、パート、アルバイト、派遣社員…色々ありますけど、どれが一番、今のビジラボにとって“オトク”なんでしょうか?」

「ん?オトクって…何が違うんすか?」

俺は正直、頭をひねった。雇うのは雇うだろ、と。 社員は「フルタイムで働く人」。パートやアルバイトは「時短の人」。業務委託は「フリーランス」。派遣は「派遣会社から来る人」。 俺の中ではその程度の認識だった。とにかく人手が欲しい。安くて、すぐに戦力になる人が欲しい。それが本音だった。

「単純に『人件費』だけで比較するなら、業務委託が一番安いです。社会保険料もかかりませんし、最低賃金も関係ない。次にパート・アルバイト、一番高いのが正社員…という認識で間違いないですよね?」斉藤さんは不安そうに俺の顔を伺った。

俺は胸を張って答えた。「そうっすよね!俺もそう思います!じゃあ、開発は外部に業務委託で頼んで、経理の手伝いはパートさんにお願いするとか!よし、早速募集出そう!」

斉藤さんはどこか納得いかない顔で、「でも…それぞれに法律上の位置づけが違いますよね。パートさんや派遣社員さんを雇う場合、やっぱり『労働基準法』だけじゃなくて、もっと細かーいルールがあるんでしょうか?」

その言葉に、俺の頭の中に警報が鳴り響いた。 『労働基準法』。そういえば、第10回で神崎さんに「労働契約」の書面を交わすように言われ、第11回、第12回では「労働時間」「残業」「36協定」について死ぬほど学んだ。あの時は「人を雇うって、こんなに大変なのか…」と戦慄したっけ。

「うっ…それは、まあ…あるかもしれないっすね…」俺はしどろもどろになった。正直、そんな細かい法律まで頭が回っていない。目の前の成長曲線と、新しい仲間への期待で頭がいっぱいだった。

その時、田中の席から「ううっ…」という呻き声が聞こえた。見ると、田中は机に突っ伏して、ぐったりと顔色が悪かった。目の下にはクマがくっきりと浮かんでいる。

「田中!おい、大丈夫か!?働きすぎだぞ!」

俺は慌てて駆け寄った。田中は朦朧とした意識の中で「あ…いえ…大丈夫…です…あと少しで…できますから…」と、力なくキーボードに手を伸ばそうとする。 その姿を見て、俺の心臓は締め付けられるような痛みを感じた。 「大丈夫じゃないだろ、それ!もう帰れ!休め!」俺は必死で言った。 しかし、田中は首を横に振る。「いや…このプロジェクトは、俺が…責任持って…」

その時、神崎さんの冷静な声が、オフィスに響いた。 「青木さん。今の田中さんの状態は、『労働安全衛生法』の観点から見て、非常に深刻な状況にあると言わざるを得ませんね」

俺はゾッとした。 法律。またしても、俺の知らない法律の壁が、目の前に立ちはだかった。 柔軟な働き方?コスト削減?それ以前に、俺は「人」を雇うことの、もっと根本的な責任を理解していなかったのかもしれない。


メンターの冷静な指摘と法務の壁

「神崎さん…!ちょうど今、斉藤さんと新しい人材の雇い方について話してて…」俺は、まるで悪いところを見られた子供のように、慌てて弁解した。

神崎さんは、いつものように感情を読み取れない静かな表情で、田中に一瞥をくれた後、俺たちに向き合った。 「青木さん、斉藤さん。会社が成長し、人員増強を検討されるのは素晴らしいことです。しかし、『人件費が安いから』という安易な理由だけで、雇用形態や契約形態を決めるのは非常に危険です。それぞれに適用される『法律』が全く異なりますから」

斉藤さんが緊張した面持ちで尋ねる。「やはり…そうですよね。パートタイマーの方を雇うなら『パートタイム・有期雇用労働法』、派遣社員の方なら『労働者派遣法』…といった具合に、個別の法律を理解する必要があるのでしょうか?」

「その通りです。そして、何よりも忘れてはならないのが、使用者である会社が負う『安全配慮義務』です。今の田中さんの状況は、その義務を果たす上での重大な懸念事項と言えます」神崎さんは、田中の席をちらりと見て言った。

「安全…義務?」俺は首を傾げた。「労災…とか、そういう話っすか?」

神崎さんは小さく頷いた。「ええ。広義にはそうですが、もっと深く、そして広く捉える必要があります。青木さん、会社が人を雇うということは、その人の『生命と健康』を守る義務を負うということ。これは『労働安全衛生法』で定められた、会社の基本的な責任です」

俺は愕然とした。柔軟な働き方、コスト削減、そして安全配慮義務。俺の頭の中では、バラバラだったパズルのピースが、神崎さんの言葉で少しずつ繋がり始めた。しかし、同時に、その全体像の複雑さに目眩がした。

「パートタイム・有期雇用労働法…労働者派遣法…労働安全衛生法…労働者災害補償保険…」俺は、神崎さんの口から次々と繰り出される法律の名前を、鸚鵡返しのように呟いた。「マジかよ…。こんなにいっぱい、法律があるんすか…」

神崎さんは俺の狼狽ぶりに動じることなく、静かに説明を続けた。 「ええ。現代の企業経営において、多様な働き方を理解し、適切に法務を適用することは不可欠です。それは単なる『ルールだから守る』という話ではありません。優秀な人材を惹きつけ、定着させ、会社の生産性を最大化するための『戦略』そのものです。そして、それは従業員の生命と健康を守るという、企業が負う最も基本的な責任と表裏一体なのです」

俺は、神崎さんの言葉の重みに、ただ息をのんだ。 「オトク」だと思っていた多様な働き方には、こんなにも複雑で、そして重い「法律の網」が張り巡らされていたのか。 俺は今、その網の目を一つ一つ、神崎さんと共に解き明かしていく必要があった。


神崎の法務レクチャー:多様な働き方を巡る法の網

【神崎の法務レクチャー】

「青木さん、斉藤さん。まず、人材を確保する方法を大別すると、『雇用』と『業務委託』の二つに分かれます。この二つの違いを理解することが、多様な働き方を考える上での出発点となります」

神崎さんは、オフィスに設置されたホワイトボードに「雇用」と「業務委託」と書き込んだ。

「『雇用』とは、会社と従業員が『労働契約』を結び、会社が従業員を指揮命令し、従業員がその指示に従って働く関係のことです。ここには『労働者』を保護するための様々な法律が適用されます。労働基準法、労働契約法、最低賃金法、そして今から説明する『パートタイム・有期雇用労働法』や『労働者派遣法』、さらには『労働安全衛生法』など、多岐にわたります」

俺はゴクリと唾を飲んだ。たった「雇用」という二文字に、これだけの法律が紐づいているのか。

「一方で、『業務委託』は、会社と独立した事業者(個人事業主や法人)が『業務委託契約』を結び、特定の業務の完成や役務の提供を依頼する関係です。会社は原則として、受託者に対して指揮命令はできません。指揮命令をしてしまうと、形式上は業務委託契約であっても、実質は雇用契約と見なされ、労働者保護法規が適用されるリスクがあります。これを一般に『偽装請負(ぎそううけおい)』と呼びます」

【神崎の補足解説】偽装請負(ぎそううけおい)とは?

契約上は業務委託や請負契約となっているにもかかわらず、実態は発注者が労働者に対して直接指揮命令を行い、発注者の管理下で労働させている状態を指します。この場合、労働者派遣法や労働基準法などの労働関係法令が適用されるため、発注者には雇用責任(社会保険、賃金、安全配慮義務など)が生じ、違法と判断されるリスクがあります。ビジラボのようなスタートアップが安易に業務委託を利用する際に陥りやすい罠であり、特に注意が必要です。

「偽装請負…マジっすか…。でも、業務委託って、安くて柔軟に使えるのがメリットじゃないんすか?」俺は困惑した。

「そのメリットは、裏を返せば『労働者保護』の法規制が及ばないからです。しかし、実態が雇用であれば、メリットは消え失せ、むしろ法的リスクだけが残ります。特に、社会保険料の遡及請求や未払い賃金、さらに過重労働による健康被害が発生した場合の責任問題は、青木さんの会社にとって致命傷になりかねません」

俺は背筋が凍る思いだった。田中の状態を考えると、まさにそのリスクに直面しているのかもしれない。

「次に、雇用形態の中でも『正社員』以外の働き方についてです。斉藤さんが挙げられた『パートタイマー』や『アルバイト』、そして『有期雇用労働者』ですね。これらについては『パートタイム・有期雇用労働法』という法律が適用されます」

【神崎の補足解説】パートタイム・有期雇用労働法(ぱーとたいむ・ゆうきこようろうどうほう)とは?

正式名称は「短時間労働者及び有期雇用労働者の雇用管理の改善等に関する法律」。パートタイム労働者(正規雇用労働者より所定労働時間が短い労働者)や、有期雇用労働者(期間の定めのある労働契約を結んだ労働者)について、正規雇用労働者との間の不合理な待遇差を禁止し、均等・均衡待遇を推進するための法律です。これにより、単に短時間労働であることや有期雇用であることのみを理由とした差別的な待遇は許されなくなりました。ビジラボでパートやアルバイトを雇う際には、正社員と同等のスキルや責任を持つ従業員に対し、賃金や福利厚生で不合理な差をつけないよう注意が必要です。

「つまり、『パートだから給料が安くて当然』とか、『有期雇用だからボーナスなし』といったことが、簡単に許されなくなったということですね。同じ仕事内容で、同じ責任を負うのであれば、正社員と同じ待遇が求められる場合がある、ということです」

斉藤さんが「同じ仕事なら…」と呟いた。「でも、うちの場合、パートさんに任せるのは、簡単な入力作業とか、電話応対とか、正社員の経理担当者とは明らかに業務内容や責任範囲が違います。そういう場合はどうなるんですか?」

「良い質問ですね、斉藤さん。その場合は、業務内容、責任の程度、職務内容・配置の変更範囲などを比較して、『不合理な待遇差』でないかを判断します。単純に『正社員』というだけで優遇するのではなく、あくまで『仕事の内容』で評価し、待遇を決定することが求められます。それが『同一労働同一賃金』の原則です」

俺は、またしても認識の甘さを痛感した。コスト削減のためだけにパートタイマーを雇おうとしていた俺の考えは、まさにこの法律が禁じる「不合理な待遇差」を生み出す可能性があったのだ。

「次に、『労働者派遣法』についてです」神崎さんはホワイトボードの「雇用」の下に「派遣」と書き加えた。

【神崎の補足解説】労働者派遣法(ろうどうしゃはけんほう)とは?

正式名称は「労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律」。派遣元事業主(派遣会社)と派遣労働者の間で雇用契約が結ばれ、派遣労働者が派遣先事業主(ビジラボ)の指揮命令を受けて労働に従事する形態を規律する法律です。派遣元が雇用主であるため、派遣先のビジラボは派遣労働者の賃金支払い義務や社会保険加入義務を負いませんが、派遣労働者への指揮命令権を持つため、労働時間管理やハラスメント対策など、一部の労働関係法令上の使用者責任を負います。特に、直接雇用に切り替える際の派遣期間制限や、派遣元が派遣労働者の待遇を確保する義務(同一労働同一賃金)など、遵守すべき多くのルールが存在します。

「派遣社員は、文字通り『派遣会社から派遣されてくる労働者』です。彼らは派遣元の会社の従業員であり、給料や社会保険は派遣元が負担します。しかし、業務の指揮命令は、派遣先の会社であるビジラボが行います」

「おお!じゃあ、派遣会社に手数料を払えば、社会保険とか賃金計算の手間とか、ほとんど丸投げできるってことっすか!?それは楽だ!」俺は思わず前のめりになった。これなら、斉藤さんの負担も減らせるし、俺も法務の心配が減る!

しかし、神崎さんの表情は変わらなかった。 「青木さん、そう単純ではありません。労働者派遣法は非常に複雑な法律であり、派遣社員を受け入れる側にも、多くの義務と制限が課せられます。例えば、派遣できる期間には制限がありますし、特定の業務には派遣が禁止されています。また、派遣社員だからといって、派遣先の会社が『安全配慮義務』を免れるわけではありません」

神崎さんの視線が、再び田中に向けられた。 「そして、青木さんが最も強く意識すべきなのが、『労働安全衛生法』です」

【神崎の補足解説】労働安全衛生法(ろうどうあんぜんえいせいほう)とは?

労働者の安全と健康を確保し、快適な職場環境を形成することを目的とした法律です。事業主(会社)に対し、労働災害の防止、作業環境の改善、健康管理の徹底、安全衛生教育の実施など、多岐にわたる義務を課しています。特に、労働者の長時間労働や精神的なストレスによる健康障害を防ぐための『安全配慮義務』は、会社の責任の根幹をなすものです。この義務を怠ると、会社は損害賠償責任を負う可能性があります。ビジラボのようなスタートアップであっても、従業員の心身の健康を守るための体制構築は必須であり、特に過重労働対策は喫緊の課題と言えるでしょう。

「先ほど田中さんの様子を見ましたが、明らかに過労状態です。これは会社が『労働安全衛生法』に基づく『安全配慮義務』を果たしていないと見なされる可能性があります」

「えっ…でも、田中は好きでやってるというか…俺も『早く帰れ』って言ったんすけど…」俺は言葉を詰まらせた。

「青木さん。従業員が『好きでやっている』と言っても、会社には彼らの労働時間を適切に管理し、健康状態を把握し、必要に応じて就業上の措置を講じる義務があります。これは『労働者災害補償保険(労災)』にも直結する問題です」

【神崎の補足解説】労働者災害補償保険(労災)(ろうどうしゃさいがいほしょうほけん)とは?

労働者が業務上の事由または通勤によって負傷、疾病、障害、死亡した場合に、労働者やその遺族に対して必要な保険給付を行う国の制度です。労災保険は、原則として労働者を一人でも雇用するすべての事業に適用され、保険料は全額事業主が負担します。万が一、従業員が労災と認定される事態が発生した場合、会社は労災保険給付とは別に、安全配慮義務違反として損害賠償責任を問われる可能性もあります。特に長時間労働による過労死や精神疾患は労災認定されるケースも多く、ビジラボは従業員の健康管理に最大限の注意を払う必要があります。

「もし田中さんがこのまま働き続けて倒れたり、精神的な不調をきたしたりした場合、それは『労災』と認定される可能性があります。そして、会社が適切な安全配慮を怠っていたと判断されれば、労災保険からの給付とは別に、会社が田中さん本人やご家族に対し、多額の損害賠償責任を負うことになるでしょう」

神崎さんの言葉は、俺の胸に突き刺さった。俺はこれまで、目の前のサービス成長にしか目が向いていなかった。社員の健康よりも、コードの完成を優先させていた。それは、経営者として最も基本的な責任を放棄していたに等しい行為だった。

「柔軟な働き方を考えることは重要ですが、それは『法律の網』を潜り抜けてリスクを回避する手段ではありません。むしろ、それぞれの働き方に適用される法規制を正しく理解し、従業員一人ひとりが安心して働ける環境を整備することこそが、会社の持続的な成長の基盤となるのです」

神崎さんの言葉は、俺の頭の中に複雑に絡み合った糸を、少しずつ解きほぐしていくようだった。多様な働き方は、会社の戦略であり、同時に、重い法的責任を伴うものなのだと。


青木の苦悩と新たな理解

俺は頭を抱えた。「くそっ、マジで複雑すぎる…。要は、俺が安易に『業務委託』や『パート』を選ぼうとしたのは、ただコストをケチろうとしただけで、それが逆に、会社を致命的なリスクに晒す行為だったってことっすよね?」

神崎さんは静かに頷いた。「その通りです。表面的なコストや柔軟性だけを見て、その背後にある法的義務やリスクを軽視してはいけません。特に、指揮命令の有無は『業務委託』か『雇用』かを分ける決定的な基準です。青木さんが田中さんに『早く帰れ!休め!』と指示したのは、まさに指揮命令です。もし田中さんが形式上は業務委託契約だったとしても、実態は『雇用』と見なされる可能性が高まります。そうなれば、会社には彼に対する労働基準法上の義務が全て発生します」

「うわああああ…!そうか、俺が田中を『好きでやってる』なんて言ってたのも、その責任から目を背けてただけだ…!」俺は全身から力が抜けていくのを感じた。

斉藤さんが補足するように言った。「業務委託でフリーランスの方に頼む場合、その方が万が一病気や怪我で働けなくなっても、会社には『休ませる義務』や『賃金を補償する義務』はありません。自己責任ですよね。でも、もしそれが実態として『雇用』だと判断されたら…」

「そうだ、斉藤さんの言う通りだ…」俺は、第10回で学んだ「労働契約」と「使用者責任」の重みを、改めて骨身に染みて感じていた。あの時、神崎さんは「人を雇うことは、人生を預かることと同じだ」と教えてくれたが、俺はまだその真の意味を理解しきれていなかったのだ。

「そして、青木さん。田中さんの過重労働の問題です。もし彼の健康に異変が生じた場合、会社は『労働安全衛生法』に基づく『安全配慮義務違反』を問われることになります。労災保険からの給付があっても、それとは別に、会社が多額の損害賠償責任を負うケースは少なくありません。精神疾患による労災認定も増えていますから、精神的なストレスにも十分配慮が必要です」

神崎さんの言葉は、俺の胸に重くのしかかった。田中の、あの血走った目と、力ない呻き声が、脳裏に焼き付いて離れない。俺は、仲間の健康と命を危険に晒していたかもしれない。

「わかった…わかりました、神崎さん…。俺は、これまで経営者として、一番大切な部分から目を背けていました。多様な働き方ってのは、単にコストを抑えるためのツールじゃなくて、それぞれの働き方で働く人を、どう守り、どう活かすかの『戦略』であり、『責任』なんだ…」

俺は震える手で、ホワイトボードに大きく「責任」と書き加えた。

「パートタイマーや有期雇用労働者を雇うなら、正社員との不合理な待遇差をなくす。派遣社員なら、派遣元との連携と、指揮命令の範囲を明確にする。そして、業務委託は、絶対に指揮命令しない。そして何より、全ての働く人の安全と健康を、会社が全力で守る…」

俺は、神崎さんの顔をまっすぐ見た。「やるしかねぇっす。俺たちが目指すのは、ただ儲かるだけの会社じゃない。社員も、パートさんも、派遣さんも、業務委託の人も、みんなが安心して、最高のパフォーマンスを発揮できる会社だ!そのために、俺は法務と徹底的に向き合います!」


経営者の責任と未来への決意

「青木さん、その意識こそが重要です」神崎さんは、ほんのわずかに口元を緩めた。「法務は、決して会社の成長を阻害する『足かせ』ではありません。むしろ、健全な成長を支える強固な『地盤』となるものです。多様な働き方を適切に活用できれば、ビジラボはより柔軟で、より生産性の高い組織へと進化できるでしょう」

俺は深く頷いた。もう「オトク」なんて安易な言葉は使わない。どんな形態で働く人にも、会社として最高の環境を提供する。それが、経営者としての俺の責任だ。

「まずは、田中の労働時間と健康状態の見直しを最優先でやります。斉藤さん、田中をすぐに帰らせて、今日はもう休んでくれって伝えてください。そして、彼の労働実態を改めて洗い出そう。必要なら、産業医の先生にも相談だ」

斉藤さんは力強く頷いた。「承知いたしました、社長。すぐに手配します。そして、今後の人員増強についても、神崎さんと相談しながら、各契約形態のメリット・デメリット、そして法務リスクを洗い出して、慎重に進めましょう」

「はい!お願いします!」俺は斉藤さんと神崎さんに頭を下げた。

第10回で「労働契約」の重さを知ったあの日から、俺はまだ十分に学べていなかった。情熱だけでは、人は守れない。人を守るためには、知識と責任が必要だ。 『労働安全衛生法』『パートタイム・有期雇用労働法』『労働者派遣法』、そして『労災保険』。

これからのビジラボは、ただビジネスを成長させるだけでなく、そこで働く全ての人の「多様な働き方」と「安全」を、法務の力で守り抜く会社になる。 法務、マジでヤバいけど、やるしかねぇ…!


2. 記事のまとめ (Summary & Review)

📚 今回の学び(神崎メンターの総括)

  • 【学習ポイント1】多様な働き方の法的区分: 労働者保護法規が適用される「雇用」と、原則適用されない「業務委託」を明確に区別することが重要。実態が「雇用」であるにもかかわらず「業務委託」として扱う『偽装請負』は、法的リスクの温床となる。

  • 【学習ポイント2】正規雇用以外の労働者保護: パートタイマーや有期雇用労働者には『パートタイム・有期雇用労働法』が適用され、正規雇用労働者との間の不合理な待遇差(同一労働同一賃金)は禁止される。また、派遣社員を受け入れる際も『労働者派遣法』に基づき、派遣期間制限や指揮命令の範囲など多くの義務と制限を遵守する必要がある。

  • 【学習ポイント3】安全配慮義務の徹底: 会社は『労働安全衛生法』に基づき、従業員の生命と健康を守る『安全配慮義務』を負う。これは雇用形態に関わらず、指揮命令下に置かれる全ての労働者に適用される。長時間労働や精神的ストレスによる健康被害は『労働者災害補償保険(労災)』の対象となるだけでなく、会社の安全配慮義務違反として多額の損害賠償責任に繋がる可能性がある。

今週のリーガルマインド(神崎の教訓) 「多様な働き方を戦略的に導入することは、企業の競争力を高めます。しかし、それは決して『都合の良い人材活用』を意味しません。それぞれの働き方に適用される法規制を正しく理解し、そこで働く全ての人々の安全と健康、そして権利を守ること。それこそが、持続可能な成長を実現するための、経営者の最も根源的な責務です。」

💭 青木の気づき(俺の学び)

  • 「業務委託」「パート」「派遣」って、単に『コストが安い』とか『柔軟性がある』ってだけで選んじゃいけないんだ。それぞれに全然違う法律が適用されてて、一歩間違えたら会社がぶっ潰れるくらいのリスクがあるってことだ。特に、業務委託なのに俺が指揮命令しちゃってた田中みたいに、実態が『雇用』になっちゃう『偽装請負』はマジでヤバい。
  • 社員の健康を守る『安全配慮義務』が、経営者として一番大切な責任だってことを、改めて痛感した。田中が倒れそうになってるのに、俺は『好きでやってるんだから大丈夫』なんて、自分の責任から目を背けてただけだ。これからは、どんな働き方の人でも、その人の命と健康を会社が守り抜く。それが、俺たちのビジラボの基盤になる。

3. 次回予告 (Next Episode)

🔮 次回予告

田中の健康問題に真正面から向き合い、多様な働き方の法的リスクを痛感した俺。ビジラボは新たな人材戦略を練り直し、安全で健全な職場環境を築こうと奮闘を始めた。しかし、会社の拡大と共に、従業員の「声」が大きくなる。ある日、数名の社員が俺の元にやってきて、こう切り出した。「社長、私たち、会社に要望があります。そのためにも、『労働組合』を作りたいと思うんです」その言葉に、俺はまたしてもフリーズした。労働組合?俺たちのスタートアップに?「潰してやる!」と息巻く俺に、神崎さんは冷ややかにこう言った…

次回: 第61回 「労働組合」との向き合い方

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