社長が未成年と口約束?「行為能力」がないと契約は無効!?

ここで学べる学習用語:自然人, 権利能力, 意思能力, 行為能力, 制限行為能力者
第4回: 社長が未成年と口約束?「行為能力」がないと契約は無効!?
前回の設立登記で「会社が法人として活動する」ことの重要性を痛感した俺。いよいよビジラボの事業を本格化させるため、優秀な人材の確保に奔走していた。そんな中、見つけたのは、とある天才プログラマー。だが、その出会いが俺を、また新たな「法務の落とし穴」へと突き落とすことになるなんて、この時の俺は知る由もなかった。今回は、「契約を結ぶ『主体』の能力」という、ビジネスの根幹に関わる重要な学びだ。
1. 天才プログラマーとの口約束が引き起こす戦慄
「うおおお!マジで感動したっす、田中くん!」
俺、青木健一は、興奮冷めやらぬまま、目の前の少年…いや、青年と言った方がいいか?…の肩をバンバン叩いた。彼の名は田中翔。まだ高校生だが、俺たちが開発を進めるSaaSの根幹を成すアルゴリズムを、たった一晩で完成させてしまうほどの、正真正銘の天才だ。
「はは…ありがとうございます、青木社長」
田中くんは少し照れくさそうに笑っているが、その目は俺と同じくらい、いや、それ以上にこの技術への情熱を燃やしているように見えた。
「いやあ、まさかこんな逸材がいたとは!もうさ、ビジラボに来てくれよ!一緒に世界を変えようぜ!」
俺はもう止められない。彼の才能に惚れ込み、その場でスカウトしてしまっていた。田中くんも満更でもない顔で「僕も、青木社長のビジョンには共感してます」なんて言うもんだから、俺はすっかり舞い上がってしまった。
「よっしゃ!じゃあ、口約束だけど、今日からビジラボの正式なメンバーな!田中くんの才能を最大限に活かせる場所を用意するから、楽しみにしとけ!」
俺は力強く握手を求めた。田中くんもそれに答え、俺たちは確かに固い握手を交わした。俺の中では、これで契約成立。ビジラボにまたとない戦力が加わる、そう確信していた。
翌日。オフィスで斉藤に田中くんとの「契約」を報告すると、彼女は案の定、呆れたような顔をした。
「社長、またですか…? その『口約束』とやらで、一体どこまで話が進んでいるんですか?」
「どこまでって、今日から正式メンバーで、すぐにでも開発に加わってくれるってことだよ!最高の戦力だぜ、マジで!」
俺は得意げに胸を張った。だが、斉藤の表情は晴れない。
「あの…田中さん、確かまだ17歳でしたよね?」
「そうだよ、それがどうした?」
「それがどうした、って…」
斉藤は大きくため息をついた。その時、後ろから「青木さん、また何かやらかしましたか?」と、聞き慣れた涼やかな声がした。振り返ると、そこにはいつもの冷静沈着なメンター、神崎凛が立っていた。
「やらかす、なんて人聞きの悪い!見ててくださいよ、神崎さん。俺はとんでもない天才を連れてきたんです!」
俺は田中くんの経歴と、彼が作ったアルゴリズムがいかに素晴らしいかを熱弁した。神崎さんは腕を組み、静かに俺の話を聞いていたが、斉藤が「彼、まだ高校生なんです」と付け加えると、その表情がわずかに険しくなった。
「…青木さん。あなたが田中さんと交わしたその『口約束』は、法的に見て非常にリスキーです。場合によっては、無効になる可能性がありますよ」
神崎さんの言葉に、俺は凍り付いた。無効?どういうことだ?
「嘘だろ、神崎さん!ちゃんと握手したんだぞ!?それに、田中くんは俺と同じくらい真剣だった!いいもの作ってくれるなら、誰でもいいじゃんか!」
俺は反論したが、神崎さんは眉一つ動かさずに、俺に問いかけた。
「青木さん。あなたは『契約』というものが、一体『誰と誰の間で』成立するのか、根本的に理解していないようですね」
その言葉は、まるで俺の無知を嘲笑うかのように、俺の胸に突き刺さった。
2. 契約の主体は「誰」なのか? 神崎が示す危険な認識
「誰と誰って…そりゃ俺と田中くん、いや、俺の会社と田中くんだろ?何言ってんすか、神崎さん」
俺は半ばムキになって言い返した。しかし、神崎さんの眼差しは、いつも以上に鋭かった。
「青木さん。契約というのは、当事者同士の合意、つまり『意思表示』が合致すれば成立する。それは確かです。しかし、その意思表示が法的に『有効』と認められるためには、いくつかの条件があります」
神崎さんは俺の軽率な発言をさえぎるように、淡々と語り始めた。斉藤も、真剣な顔で神崎さんの言葉に耳を傾けている。
「前回、会社が『法人』として活動すること、つまり『人』として扱われることの重要性を学びましたよね。私たち人間は『自然人』と呼ばれ、会社と同じく法律上の『人』として扱われます。そして、その『人』には、生まれながらにして『権利能力』があります」
「ケンリノウリョク…?」
聞き慣れない言葉に、俺は首を傾げた。
「ええ。法律上の主体として、権利を持ち、義務を負うことができる資格のことです。生まれたての赤ちゃんにも、この『権利能力』はあります」
神崎さんはそう言って、俺をじっと見つめた。
「ですが、権利能力があるからといって、誰もが自由に有効な契約を結べるわけではありません。例えば、生まれたばかりの赤ちゃんが『このビルを買います』と契約しても、それは当然無効ですよね?」
「そりゃ、当たり前っすよ。赤ちゃんが契約なんてできるわけない」
「では、なぜだと思いますか?」
神崎さんの問いに、俺は言葉に詰まった。「そりゃ、赤ちゃんだから…」としか思いつかない。
「それは、その赤ちゃんに『意思能力』がないからです」
神崎さんはそう言って、新たなキーワードを提示した。
「意思能力とは、自分の行為がどのような結果をもたらすかを判断できる精神的な能力のことです。極端な話、泥酔状態の人や、精神上の障害で物事の判断ができない人が結んだ契約も、この意思能力が欠けていたと認められれば無効になります」
「うわ…、じゃあ俺が飲み会で勢いでやっちゃった契約とか、全部無効になるってことっすか!?」
俺は思わず青ざめた。過去の黒歴史が走馬灯のように駆け巡る。
「原則として、無効となる可能性がありますね。ただ、それは個別の状況によります。問題は、田中さんのケースです」
神崎さんの言葉が、再び俺を現実へと引き戻した。
「田中さんは、まだ17歳。つまり、民法が定める『未成年者』です。未成年者は、特別な事情がない限り、単独で有効な契約を結ぶことができません。なぜなら、彼らには『制限行為能力者』という法的な保護が与えられているからです」
「制限行為能力者…!?」
俺の頭の中で、聞き慣れない法律用語が次々と飛び交い、完全にフリーズしてしまった。俺と田中くんとの固い握手は、もしかしたら砂上の楼閣だったのかもしれない。神崎さんの言葉が、俺の楽観的な認識を打ち砕いていく。
3. 神崎が語る「行為能力」と「制限行為能力者」の真実
「青木さん、深呼吸してください。まずは落ち着いて、一つずつ理解していきましょう」
神崎さんは俺の混乱を見透かすように、穏やかな口調で語り始めた。
【神崎の法務レクチャー】
「先ほど、『権利能力』と『意思能力』の話をしましたね。権利能力は、法的な主体となる資格。意思能力は、自分の行為の結果を判断できる精神的な能力。そして、これらの上に成り立つのが『行為能力』です。
【神崎の補足解説】行為能力(こういのうりょく)とは? 法律行為(特に契約)を単独で完全に有効に行える能力のこと。意思能力があるだけでは不十分で、法律が定める一定の条件(成人であることなど)を満たしている必要があります。ビジラボのようなスタートアップが誰かと契約を結ぶ際、相手方がこの「行為能力」を有しているか否かは、契約の有効性に直結する極めて重要な問題です。無効な契約は、時間とリソースの無駄になるだけでなく、会社に大きな損害を与えかねません。
行為能力とは、端的に言えば『単独で完全に有効な法律行為(契約など)ができる能力』のことです。私たち成人であれば、基本的にこの行為能力を持っています。ですが、社会経験や判断能力が未熟な人、あるいは精神上の障害などによって判断能力が不十分な人に対しては、法律が特別な保護を与えています。それが、『制限行為能力者』制度です。
【神崎の補足解説】制限行為能力者(せいげんこういのうりょくしゃ)とは? 単独で完全に有効な法律行為を行うことができない、またはその能力が制限されている者の総称。民法では、未成年者、成年被後見人、被保佐人、被補助人の4種類が定められています。これらの者が行った契約は、法定代理人(保護者)の同意がなければ、後から取り消すことが可能です。ビジラボが制限行為能力者と契約する際は、必ず法定代理人の同意を得る必要があり、これを怠ると契約が無効になり、ビジネスが滞るリスクがあります。
青木さんが声をかけた田中さんは、まだ17歳、つまり『未成年者』です。未成年者は、制限行為能力者の中でも最も身近な存在と言えるでしょう。彼らが単独で契約を結んだ場合、原則として、その契約は『取り消し可能』となります。これは、未熟な判断力で不利益な契約をしてしまわないよう、法律が未成年者を保護するための制度です。
『取り消し可能』というのは、『法定代理人』、つまり通常は親権者であるご両親が、『その契約は認めない』と主張すれば、契約は初めからなかったこと(無効)にできる、という意味です。たとえ田中さん本人が『契約したい!』と熱意を持っていたとしても、ご両親の同意がなければ、ビジラボにとっては非常に不安定な契約でしかないのです。
「待ってください、神崎さん!じゃあ、俺が田中くんと握手した契約は、親御さんが『ダメ』って言ったら、全部チャラになっちまうってことっすか!?」
俺は絶望的な声で問い詰めた。
「その通りです。正確には、ご両親が『取り消し』を主張すれば、遡って無効になります。そうなれば、例えば田中さんがすでに開発に着手していたとしても、その成果物に対して対価を支払う義務はなくなりますし、逆に田中さんに何か損害が生じたとしても、ビジラボが責任を負う必要もなくなります。ですが、それはビジラボにとっても、田中さんにとっても、望ましい結果ではないでしょう。 さらに言えば、ビジラボ側から勝手に契約を取り消すことはできません。あくまで保護される側の制限行為能力者、あるいはその法定代理人にだけ認められた権利です」
神崎さんの言葉は、俺の楽観的な考えを根底から覆した。
「つまり…俺は田中くんの熱意だけを見て、彼の法的な立場を全く考えていなかった、と」
「ええ。田中さんがどれほど素晴らしい才能を持っていても、法的に有効な契約が結べなければ、ビジネスとして成り立ちません。スタートアップは、スピードが命ですから、不安定な契約は致命傷になりかねない。だからこそ、契約の相手方が誰であるか、その相手が『行為能力』を持っているか、そして持っていないなら『法定代理人』の同意があるか、という点を必ず確認する必要があるのです。
【神崎の補足解説】法定代理人(ほうていだいりにん)とは? 法律の規定によって、特定の者に代わって法律行為を行う権限を持つ者。未成年者の場合は「親権者」、成年被後見人の場合は「成年後見人」がこれにあたります。制限行為能力者が有効な契約を結ぶためには、原則としてこの法定代理人の同意が必要です。スタートアップが未成年者を採用したり、業務委託契約を結んだりする際には、必ず親権者の同意書を取り付けるなど、細心の注意を払う必要があります。
もちろん、未成年者でも単独で有効な契約ができる例外はあります。例えば、『お小遣いの範囲で買い物をする』など、社会通念上許される範囲の契約や、親から『〇〇の事業に関してなら、単独で契約して良い』と許可された場合は、有効となります。これを『営業許可』と言います。しかし、ビジラボのようなスタートアップでプログラマーとして働くというのは、明らかに後見人の同意が必要な範囲の契約に該当します。
また、制限行為能力者が、自分が行為能力者であると偽ったり、法定代理人の同意を得ていると偽ったりして相手を欺いた場合、その契約は取り消すことができなくなります。これを『詐術』と言います。しかし、これもかなり悪質なケースに限られますし、青木さんのケースはそれに該当しません。あくまで、慎重な対応が求められるのです」
神崎さんの解説は、法律が『誰かを守るための仕組み』であることを、改めて俺に教えてくれた。
「法律は、決してビジネスの邪魔をするものではありません。むしろ、トラブルから私たちを守り、公正な取引を保証するための『インフラ』なのです。この『行為能力』の原則は、スタートアップが成長し、多様な人々、多様な組織と関わっていく上で、避けては通れない基礎知識です」
神崎さんの言葉の重みが、俺の胸にずしりと響いた。
4. 信頼とリスクの狭間で、青木の新たな決意
「くそっ…俺は、田中くんの才能に目がくらんで、またしても足元が見えてなかった…」
俺は頭を抱えた。純粋な善意と情熱が、法務的には「リスクの塊」でしかなかったという事実に、打ちのめされる思いだ。
「マジでヤバいな、法務…」
「社長、まだ間に合いますよ。今からでも、田中さんのご両親にきちんと説明し、同意を得て書面で契約を結び直せばいいんです。それが、田中さんを守り、ビジラボを守る、唯一の道です」
斉藤の現実的なアドバイスに、俺はハッと顔を上げた。
「そうか…!ちゃんと話せばいいんだ!田中くんも、きっと理解してくれるはずだ!」
俺はすぐに田中くんに連絡を取り、事の経緯を正直に話した。彼の両親にも会って、ビジラボのビジョンと、田中くんの才能を活かしたいという俺の熱意を伝えた。最初は戸惑っていた両親も、俺が熱心に説明し、神崎さんにも同席してもらい、法的な側面と会社の健全な成長を約束する中で、最終的には納得してくれた。
「青木社長。僕、ちゃんと親から同意書もらってきました!これからもビジラボで頑張ります!」
数日後、オフィスにやってきた田中くんは、真新しい同意書と、希望に満ちた笑顔を見せてくれた。その手には、両親の署名と捺印が押された書類がしっかりと握られていた。
「…ありがとうな、田中くん!マジで感謝だ!」
俺は改めて田中くんと握手した。今度は、ただの口約束じゃない。法的に、そしてお互いの信頼の証として、確かな契約が結ばれたのだ。
5. 一歩進んだ「人」としての責任、そして小さな成長
今回の件で、俺は「人」と「契約」の重みを痛感した。ただ情熱があれば何とかなる、という俺の甘い考えは、またしても神崎さんによって叩き潰されたわけだけど、それが俺を一つ上の経営者へと押し上げてくれると信じている。
「法律ってのは、感情とか熱意だけじゃ動かない。だけど、その法律があるからこそ、俺たちの情熱が守られ、ビジネスが健全に進んでいけるんだな…」
俺は心の中でつぶやいた。 田中くんという最高の仲間を得た喜びと同時に、法務の奥深さと難しさを改めて思い知らされる一日だった。だが、もう二度と同じ過ちは繰り返さない。俺は、ビジラボという「会社」が、そして俺自身という「自然人」が、法的にどうあるべきか、少しだけ理解できた気がする。
「よし、やるぞ…!もっとちゃんと、『人』として、会社として、堂々と胸を張れるビジネスにするんだ!」
俺は熱い決意を胸に、また新たな一歩を踏み出した。
2. 記事のまとめ
📚 今回の学び(神崎メンターの総括)
[学習ポイント1]: 法的な主体には「自然人(私たち人間)」と「法人(会社など)」があり、それぞれ権利義務の主体となる「権利能力」を持っています。
[学習ポイント2]: 契約を有効に成立させるには、当事者に「意思能力(判断能力)」と「行為能力(単独で有効な法律行為を行える能力)」が備わっていることが重要です。
[学習ポイント3]: 未成年者などの「制限行為能力者」が単独で行った契約は、後から法定代理人(親権者など)によって取り消されるリスクがあります。重要な契約では必ず法定代理人の同意を得ましょう。
今週のリーガルマインド(神崎の教訓) 「情熱はビジネスの原動力ですが、その情熱を『不確実な砂上の楼閣』に終わらせないためには、法という確固たる地盤が必要です。誰と、どのような条件で契約するのか。その基本を理解しなければ、あなたの会社は小さなトラブルで簡単に足元をすくわれます」
💭 青木の気づき(俺の学び)
- 「いいもの作ってくれるなら誰でもOK!」って思ってたけど、契約の相手が『誰』であるか、その『人』が法的にどういう立場なのかをちゃんと見なきゃダメなんだな。
- 特に未成年との契約は、本人がやる気満々でも、親御さんの同意がないと全部パーになる可能性があるってことに、マジでビビった。人を守るためのルールが、同時に自分たちを守るルールにもなるってことか。
3. 次回予告
田中くんも無事に迎え入れ、ビジラボは新たな仲間と共に、本格的な開発フェーズへと突入した。俺も斉藤も、来る日も来る日も忙しく動き回る。そんな中、俺はつい、斉藤に「悪いけど、この契約書、俺の代わりにサインしといてくれる?」と、軽々しく頼んでしまう。俺は良かれと思って頼んだつもりだったが、神崎さんはその言葉を聞くなり、「青木さん、それは『代理権』の授与です。もし斉藤さんが勝手に会社に不利な契約を結んでしまったら…」と、またしても俺の無知を指摘する。
次回: 第5回 社長代理?「支配人」と「代理」の基本

