「代わりに契約しといて」が命取り?「表見代理」という名の地雷

ここで学べる学習用語:支配人、代理、代理権、表見代理、無権代理
第5回: 「代わりに契約しといて」が命取り?「表見代理」という名の地雷
俺は青木健一、30歳。仲間たちと立ち上げたスタートアップ「ビジラボ」の代表を務めている。先日は、法律知識ゼロの俺が未成年の天才プログラマーと安易に契約しようとして、神崎さんに痛い目を見せられたばかりだ。「権利能力」とか「行為能力」とか、法律の世界にはビジネスの常識では計り知れない「ルール」があることを思い知った。
だが、学んだばかりの俺の頭は、もう新しい問題でパンク寸前だった。ビジラボの立ち上げは怒涛の日々で、とにかくやることが山積みだ。システム開発、営業先の開拓、資金繰り……。毎日が戦場で、俺は寝る間も惜しんで走り回っていた。そんなある日のこと、俺はまたしても、とんでもない「地雷」を踏みかけることになる。
まさかの指名!? 無茶振り代理交渉の序章
「社長、このインキュベーションオフィスの複合機リース契約、今日中にサインしないとダメなんですが、社長の時間がどうしても取れないと…」
経理・総務を一人でこなす斉藤さんが、申し訳なさそうな顔で俺に声をかけてきた。
「え、マジかよ! 今日中に…? クソッ、今から超大事なVCとの面談なんだよな。この機会を逃したら次の投資ラウンドが遠のいちまう…」
俺は額に手を当てて唸った。まさに八方塞がりだ。VCとの面談はビジラボの未来を左右する一大事。一方、複合機がなければオフィスワークが滞る。どっちも譲れない。
「うーん、斉藤さんさ、悪いんだけど、これ、代わりにサインしといてもらえない? 俺の名前でさ。俺、今から出なきゃマジで間に合わないんだよ!」
俺は焦りのあまり、半ば無意識にそう口走っていた。斉藤さんは一瞬、目を丸くして固まった後、「え…わ、私ですか?」と戸惑いの声を上げた。そりゃそうだ。これまで俺が一人で全部サインしてたんだから。
「そう! 斉藤さんなら大丈夫だろ? いつも細かいところまで見てくれてるし、俺が後でちゃんと内容確認するからさ! な? 頼むよ、この通り!」
俺は両手を合わせて斉藤さんに懇願した。スタートアップは人手不足が当たり前。権限委譲なんて、口で言うのは簡単だが、実際にやるとなると、なかなか難しい。でも、今の俺にはそんな悠長なことを言っている時間はなかった。
斉藤さんはまだ渋い顔をしていたが、俺の鬼気迫る表情に根負けしたのか、小さく頷いた。
「…わかりました。急ぎますね。でも、何かあったら責任は社長が…」
斉藤さんが言いかけた言葉を、俺は「おう、もちろん! 任せたぞ! サンキュー斉藤さん! マジ助かる!」と笑顔で遮り、オフィスを飛び出した。VCとの面談に遅れるわけにはいかない。俺は、まるで綱渡りのような毎日を走り抜けていた。この時は、自分がどれだけ危険な「縄」の上を歩いているのか、全くわかっていなかったのだ。
その日、VCとの面談はまずまずの手応えだった。俺は上機嫌でオフィスに戻り、斉藤さんに声をかけた。
「斉藤さん、複合機のリース契約、うまくいったか?」 「はい、なんとか。社長の名前でサインしてきました。これで印刷もコピーも大丈夫です」
斉藤さんの言葉に、俺はホッと胸をなでおろした。ああ、これで一つ問題が解決した。これでまた、ビジラボは前に進める。そう思っていた矢先だった。背後から、いつもの冷静な声が聞こえてきた。
「青木さん、それは非常に危険な行為です。斉藤さんが社長の代理として契約されたのですよね?」
振り返ると、そこには神崎さんが立っていた。俺はまたしても、心臓がキュッと締め付けられるような嫌な予感がした。神崎さんの表情はいつも通り穏やかだったが、その言葉には、俺が踏みしめてきた地面が実は薄氷だった、と告げるような冷たさがあった。
「え、代理? ああ、まあ、俺が忙しかったんで、代わりに頼んだんですけど…何か問題でも?」 「『何か問題でも?』ですか。青木さん、その認識は、スタートアップの生命線に関わる『致命的な地雷』になりかねませんよ」
神崎さんは静かに、しかし断固とした口調で俺に言い放った。致命的な地雷…? 俺は背筋が凍りつくのを感じた。
神崎メンターの静かな警告:その「代わり」、社長を超えます
「青木さん、まずお伺いしますが、斉藤さんに『青木健一』の名前で契約書にサインしてきてもらうことと、斉藤さんが『斉藤恵』の名前で契約書にサインしてくること、この二つの違い、正確に理解されていますか?」
神崎さんの問いに、俺は言葉に詰まった。「え、いや、俺が後で確認するんだから、どっちでも一緒じゃないすか?」
「それが、法律の世界では全く違います。『青木健一』の名前でサインしてもらうということは、斉藤さんが青木さんの『代理人』として契約を結んだ、ということになります」
「代理人…?」 「はい。『代理』とは、他人(代理人)が本人のために法律行為を行い、その効果が本人に直接帰属する制度のことです。青木さんが忙しくてできないことを、斉藤さんが代わりにやってくれた。これが『代理』の基本的な形です」
俺は「なるほど、便利っすね!」と軽く相槌を打った。だが、神崎さんの表情は変わらない。
「便利、ですか。確かに、ビジネスを円滑に進める上で『代理』は非常に重要な仕組みです。例えば、会社の社長が全ての契約にサインするわけにはいきませんから、部長や支店長が会社の『代理人』として契約を結びますよね。しかし、この代理には、青木さんが想像もしないような大きなリスクが潜んでいます」
神崎さんは、ゆっくりと、しかし確実に俺を追い詰めるように続けた。
「特に、青木さんが斉藤さんに『代わりに契約しといて』と、その場で口頭で頼んだ場合。もし斉藤さんが、青木さんの意図しない条件で契約を結んでしまったら、どうなりますか?」
「え? それは、俺が後で取り消すなり、訂正させるなり…」 「いいえ、原則として、その契約は青木さんの責任になります。なぜなら、斉藤さんが青木さんの代理人として行動したからです」
俺は頭が真っ白になった。は? 俺の知らないところで勝手に結ばれた契約でも、俺の責任? それって、ヤバくないか?
「しかも、『表見代理』という制度をご存知ですか? これは、青木さんのような、安易な指示が招く最も恐ろしいリスクの一つです」
「ひょ、表見代理? なんすか、それ…」
俺は完全にフリーズした。またしても、俺の知らない法律の闇が、ビジラボの足元に口を開けている気がした。
神崎の法務レクチャー:『代理』と『表見代理』、その恐るべき力
【神崎の法務レクチャー】
「青木さん、落ち着いてください。先ほどお話しした『代理』について、もう少し詳しく説明しますね。ビジネスにおいて、代理は非常に身近で重要な概念です。例えば、あなたが海外出張中に、国内の重要な契約を締結する必要が生じたとします。その際、あなたが信頼できる人に『私の代わりにこの契約を締結してきてほしい』と頼む。これがまさに代理です。」
「代理が成立するためには、大きく分けて三つの要素が必要です。『本人(あなた)』、『代理人(斉藤さん)』、そして『相手方(リース会社)』です。そして、最も重要なのが『代理権』。これは、『本人のために、代理人が法律行為を行うことができる権限』のことです。」
「代理権は、本人が代理人に与える『任意代理』と、法律によって定められる『法定代理』(親権者が未成年の子を代理する場合など)があります。今回のケースは、青木さんが斉藤さんに依頼したわけですから、『任意代理』にあたりますね。」
「任意代理の場合、代理権の範囲は本人の意思によって決まります。例えば、『複合機のリース契約を、月額5,000円以下で結んでほしい』と具体的に指示すれば、斉藤さんの代理権はその範囲に限られます。しかし、青木さんは『代わりにサインしといて』とだけおっしゃいましたよね?」
「はい…」
「この指示では、斉藤さんの代理権の範囲が非常に曖昧です。このような曖昧な指示は、後々大きなトラブルの元になります。なぜなら、斉藤さんが青木さんの意図しない金額や条件で契約を結んでしまっても、『代理権の範囲内だった』と判断されかねないからです。」
「まさか…そんな…」
「ええ、その『まさか』がビジネスでは頻繁に起こります。そして、さらに注意すべきなのが『無権代理』と『表見代理』という概念です。」
【神崎の補足解説】代理権(だいりけん)とは?
他人(本人)に代わって法律行為を行い、その効果を本人に帰属させる権限のこと。
法律で定められたものを「法定代理」、本人の意思に基づいて与えられたものを「任意代理」と呼ぶ。ビジネスにおいては、本人の意思による任意代理が一般的。代理権の範囲は、本人の意思によって明確に定めることが重要。ビジラボのようなスタートアップでは、代表者の多忙さから安易な指示を出しがちだが、その曖昧さが後々のリスクとなる。
「まず『無権代理』について。これは、代理権がないにもかかわらず、代理人と称して法律行為を行うことです。例えば、斉藤さんに何も頼んでいないのに、斉藤さんが勝手に青木さんの名前を使って契約を結んでしまった場合ですね。この場合、原則として本人である青木さんにはその効果は及びません。しかし、例外もあります。青木さんが後からその契約を『追認』すれば、有効な契約となりますし、追認しない場合は相手方は斉藤さんに対して責任追及することになります。」
「じゃあ、無権代理なら、俺はセーフってことっすか?」
「いえ、今回のケースは単純な無権代理で片付かない可能性が高いからこそ、私は『致命的な地雷』と申し上げたのです。ここで登場するのが『表見代理』です。」
「表見代理とは、簡単に言えば『代理権がない、または代理権の範囲を超えているにもかかわらず、相手方から見れば代理権があるかのように見えてしまう状況』のことです。そして、そのような状況を作り出した本人に責任を負わせることで、取引の相手方を保護する制度なのです。」
「ええと…どういうことっすか?」
「今回の青木さんのケースで具体的に考えてみましょう。あなたは斉藤さんに『代わりにサインしといて』と口頭で指示しました。たとえ書面での委任状がなくても、複合機のリース会社から見れば、『ビジラボの社長が、会社の経理担当者に契約を任せた』という事実がありますよね? 斉藤さんは普段から会社の経理・総務業務を担当し、会社の業務に精通している人物です。リース会社の担当者は、青木さんからの口頭指示があったと聞けば、『社長が代理権を与えた』と信じてしまうでしょう。」
「そうか、俺が頼んだんだから、そう見えるのは当たり前っすよね…」
「その通りです。そして、法律は、このような状況を作り出した本人、つまり青木さんに責任を負わせることで、取引の安全を守ろうとします。これが『表見代理』の本質です。」
【神崎の補足解説】表見代理(ひょうけんがいり)とは?
代理権がない、または代理権の範囲を超えて代理行為が行われた場合でも、本人(社長)が代理権があると信じるに足る外観(表見)を作り出してしまったときは、相手方(取引先)を保護するため、本人(社長)にその代理行為の効果を帰属させる制度。
本人が代理権を授与したと表示した場合(例:「〇〇を代理人とします」と相手方に伝えた)、本人の知らない間に代理権が消滅していた場合、そして今回の青木さんのように、代理人がその権限を「超えて」契約した場合などに成立し得る。スタートアップにおいては、代表者の安易な口頭指示や、従業員への業務委託が、意図せぬ「代理権の授与」と見なされ、このリスクを高める。
「表見代理にはいくつかのパターンがありますが、青木さんのケースで最も可能性が高いのは、『代理人がその権限外の行為をした場合』、つまり斉藤さんが青木さんから与えられた『複合機リースの代理権』という範囲を超えて、例えば全く別の高額なシステム契約まで結んでしまった、というような場合です。」
「えええっ!? 斉藤さんが、俺の知らないところで、俺の意図と違う契約、それもリースとは全然関係ない契約まで勝手に結んでも、俺が責任を負う可能性があるってことっすか!?」
俺は本当に椅子から転げ落ちそうになった。全身から血の気が引いていくのがわかった。そんな馬鹿な話があるか。
「はい、その可能性は十分にあります。相手方であるリース会社が、『斉藤さんには代理権があると信じるに足る正当な理由があった』と裁判所が判断すれば、青木さんはその契約の責任を負わなければなりません。なぜなら、そのような外観を作り出したのは、他でもない青木さん自身だからです。」
「ぐ…っ」
「青木さんが斉藤さんに『代わりにサインしといて』と、その場で安易に指示したこと。これは、斉藤さんに『青木さんの代理人として行動する権限がある』と、第三者であるリース会社に強く印象付ける行為です。仮に斉藤さんが、その権限を濫用して、全く別の、もっと高額な契約を結んでしまったとしても、相手方は青木さんが指示したことを根拠に、『斉藤さんには代理権があった』と主張できます。」
「もう一つ、補足で『支配人』という概念にも触れておきましょう。会社法で定められた役職の一つで、会社から営業に関する一切の裁判上または裁判外の行為をする権限を与えられた者です。つまり、その会社を代表する社長と同等の広範な代理権を持つと見なされます。もし斉藤さんが会社から『支配人』として登記されていたら、それこそ青木さんが個別に指示しなくても、彼女が結んだ契約は全て会社に帰属する、という話になりますね。」
「支配人…それはまた別の話っすね。でも、俺が斉藤さんに口頭で言っただけでも、そこまでのリスクになるなんて…」
「法律は、表面的な形だけでなく、『一般の人がどう見えるか』という合理的な視点も重視するのです。特にビジネスにおいては、口約束でも契約が成立するのと同じく、口頭での指示が代理権の授与と見なされ、それが思わぬ責任を招くことは少なくありません。だからこそ、代理権の授与は慎重に行い、その範囲を明確にすることが不可欠なのです。書面での委任状や、社内規定で権限を明確にするなどの対策が必要です。」
神崎さんの言葉は、俺の楽観的な経営感覚を粉々に打ち砕いた。俺は、足元に広がる深い闇を初めて見たような気がした。
社長の顔面蒼白!『代理』の重みを知る
「はぁ…はぁ…」
俺は呼吸が苦しくなった。額には脂汗がにじむ。神崎さんの淡々とした解説が、まるで目の前で地雷が爆発する音のように響いた。
「要は…要はこういうことっすか、神崎さん! 俺が『代わりに契約しといて』って斉藤さんに頼んだら、斉藤さんは俺の言うことを全部聞かなきゃいけない、どころか、俺の指示と違っても、相手(リース会社)から『青木社長が任せたんだろ!』って言われたら、俺は泣き寝入りするしかないってことっすか!?」
俺は混乱のまま、必死に自分の言葉で理解しようと試みた。頭の中では、斉藤さんが俺の知らない高額な契約書にサインする姿が、スローモーションで流れている。
「青木さん、概ねその理解で間違いありません。正確には『相手方が、代理権があると信じるに足る正当な理由があった場合』という条件はつきますが、あなたが『代わりにサインしといて』と口頭で指示した事実があれば、それは容易に満たされかねません。」
神崎さんは俺の焦りをよそに、冷静に修正を加えてきた。
「斉藤さんはビジラボの経理・総務を一手に引き受けている重要な従業員です。そんな彼女に社長が直接口頭で契約を依頼したとなれば、第三者から見れば、彼女に代理権があると思うのが自然でしょう。その『外観』を作ったのは、他でもない青木さんご自身です。だからこそ、その外観を信頼した相手方を保護するために、あなたが責任を負うことになるのです。」
「信頼…信頼って、斉藤さんのこと信頼してるから任せたのに、それが裏目に出るなんて…」
俺は膝から崩れ落ちそうになった。斉藤さんを信頼しているからこそ任せたのに、その信頼が、法的には俺の首を絞めるリスクになるなんて。
「信頼はビジネスの基本ですが、法律の世界では『信頼の形』が問われます。口約束の信頼と、書面で明確に権限を定めた信頼では、重みが全く違うのです。ましてや、斉藤さんが仮に、悪意を持って青木さんを陥れようとしたら…」
そこまで聞いて、俺は背筋が凍りついた。斉藤さんがそんなことをするはずはない。だが、「もしも」を考えると、ゾッとする。
「俺、マジでヤバいことしてたんだな…。じゃあ、どうすればよかったんすか?」
「いくつか方法があります。最も確実なのは、あなたが直接契約に赴くか、それが無理なら『書面による委任状』を交付し、代理権の範囲を明確に定めることです。『複合機のリース契約に限り、月額〇〇円を上限として契約を締結する権限を委任する』といった形でです。そして、その委任状を相手方にも提示する。そうすれば、代理権の範囲が明確になり、もし斉藤さんがその範囲を超えて契約を結んだとしても、表見代理の成立は非常に難しくなります。」
「委任状…! なるほど、紙で残すってことっすね…」
「その通りです。また、会社が大きくなれば、会社の役員や重要な従業員に対して『支配人』という役職を与え、その旨を登記することで、その広範な代理権を公示することもできます。しかし、それは権限が広範になる分、さらに厳格な監督が必要になります。」
俺は、法律が「信頼」という感情的なものに対して、いかに冷徹かつ論理的な「枠組み」で向き合うかを痛感した。ビジネスは人との信頼関係で成り立っていると思っていたが、その信頼を盤石なものにするには、法律という「骨組み」が不可欠なのだ。
解決への一歩と小さな成長
「神崎さん、ありがとうございます。本当に助かりました…いや、むしろ、地雷を踏む前に止めてくれたことに感謝しかないっす…」
俺は深々と頭を下げた。斉藤さんも、横でホッとした顔をしている。
「いえ、青木さんが気づいてくださって良かったです。今回の複合機リース契約は、すでに斉藤さんがサインされてしまっていますので、リース会社が『斉藤さんの代理権を信頼するに足る正当な理由があった』と主張すれば、契約は有効です。今回は大事に至らないことを祈りましょう。しかし、今後はこのような安易な指示は絶対に避けてください。」
神崎さんの言葉に、俺は力強く頷いた。もう二度と、こんな危険な橋は渡らない。俺は斉藤さんに目を向けた。
「斉藤さん、本当にごめん。俺が無知だったばかりに、変なリスクを押し付けちまって…」
「いえ、社長がお忙しいのは分かってましたから。でも、私もこれで勉強になりました。これからは、ちゃんと書面で権限を確認してもらうようにしますね」
斉藤さんが微笑んでくれた。俺は、斉藤さんへの申し訳なさと、法務の重要性を改めて心に刻み込んだ。
「俺は…『代理』っていうのは、単に誰かに仕事を『お願いする』ってことだと思ってた。でも、それは『自分の責任を預ける』ってことなんだな。しかも、それがいつの間にか、想像以上にデカい責任になって、俺を追い詰める可能性があるなんて…」
俺は、まだ少し震える手で、顔を覆った。スタートアップの経営は、情熱だけではどうにもならない。ビジネスのアクセルを踏むだけじゃダメだ。どこに地雷が埋まっているのか、どこまで進めるのか、その「地図」と「ルールブック」を知っておかないと、いつかビジラボごと爆発してしまう。
「法務、マジでヤバいけど、やるしかねぇ…。俺が社長である限り、俺がこの会社の法律の盾にならないと。斉藤さん、今度からはちゃんと『委任状』のフォーマット作ってくれ! 俺がサインするから!」
俺は、そう斉藤さんに叫んだ。今回の失敗から学んだ「成長」が、俺の胸に熱く燃え上がっていた。
2. 記事のまとめ
📚 今回の学び(神崎メンターの総括)
[学習ポイント1]: 「代理」の概念とその活用: 他人に業務を委任し、その効果を本人に帰属させることでビジネスを円滑にする仕組み。任意代理では、本人が代理人に代理権を与えることで成立する。
[学習ポイント2]: 「無権代理」と「表見代理」のリスク:
- 無権代理: 代理権がない者が代理行為を行った場合、原則として本人に効果は帰属しないが、本人の「追認」で有効となる場合がある。
- 表見代理: 代理権がない(または範囲外)にもかかわらず、本人が代理権があると信じるに足る外観を作り出した場合、相手方保護のため本人に責任が帰属する。これは特に、代表者が安易な口頭指示をした場合に発生しやすい。
[学習ポイント3]: 代理権の明確化と管理の重要性: 代理権の範囲は書面(委任状など)で明確に定めること。口頭指示は「表見代理」のリスクを高めるため、極力避けるべき。また、「支配人」のように広範な代理権を持つ役職もあるため、権限の重さを理解し、厳格な監督体制を敷く必要がある。
今週のリーガルマインド(神崎の教訓) 「ビジネスにおける『代理』は、あなたの手足となり、事業を加速させる強力なツールです。しかし、その手足を縛る『代理権の範囲』を明確にせず、安易に振り回せば、それは制御不能な凶器と化し、あなた自身に牙を剥くでしょう。信頼は『ルール』という骨組みがあってこそ、真に機能するのです。」
💭 青木の気づき(俺の学び)
「『代わりにやっといて』って、俺は単なるタスクのお願いだと思ってたけど、法律の世界では『俺の責任をそっくりそのまま渡す』ってことなんだな。しかも、俺の意図と違っても、相手が『社長が任せたんだから』って言ったら、俺が責任負うって…マジで恐ろしい。これからは、誰かに何かを頼む時は、それが『代理』に当たるのか、その範囲はどこまでなのか、ちゃんと考えて『委任状』とか書面で残すようにする。安易な指示が、いつかビジラボを潰しかねない地雷になるってこと、肝に銘じとく!」3. 次回予告
今回の「代理」の件で、法律の重みを痛感した俺。神崎さんの言う通り、安易な口約束や指示がいかに危険か、身をもって知った。会社を設立する上で、これまでどれだけ適当にやってきたのか、冷や汗が止まらない。そんな中、斉藤さんが会社設立で必要な書類をまた持ってきた。
「社長、商業登記の手続きで、『定款』っていう書類が必要なんですが、これで本当に大丈夫ですか…?」
斉藤さんが差し出したのは、俺がネットから拾ってきた雛形を適当にいじっただけの、どこか心許ない書類だった。これを見て、神崎さんはまた呆れた顔で俺にこう言い放った。
「青木さん、これでは何もできませんよ。会社のルールブックである『定款』は、スタートアップの未来を左右する最も重要な書類の一つです。まさか、これも適当に済ませようとしていたのですか?」
俺はまたしても、神崎さんの冷静な指摘に凍り付いた。会社のルールブック? 俺が作った適当な書類が、そんなに大事なのか…?
次回: 第6回 会社設立のバイブル! 「定款」って何を決めるの?

