「うちみたいな会社でも!?」社員の権利「有給休暇」と「育休」

ここで学べる学習用語:年次有給休暇, 男女雇用機会均等法, 育児・介護休業法
第13回: 「うちみたいな会社でも!?」社員の権利「有給休暇」と「育休」
「労働契約」「36協定」と、立て続けに法律の洗礼を浴びた俺たちビジラボ。どうにか目の前の危機を乗り越えたものの、田中くんの採用をきっかけに、会社の「ルール」がどんどん重くのしかかってくる感覚に胃がキリキリする。でも、その度に神崎メンターが、俺たちの航路を照らす灯台のように、冷静に正しい方向を示してくれる。今日は、また新しい「社員の権利」が、俺の常識を揺さぶる出来事が待っていた。
熱気と不安が入り混じるオフィスで、新たな「常識」が俺を襲う
「よし、田中くん! この前の案件、本当に助かったよ! あのバグ、田中くんがいなかったらどうなってたことか…」
俺は田中くんの肩をバシッと叩いた。前回の納期ギリギリの修羅場、深夜まで残業してくれた田中くんの奮闘がなければ、ビジラボは最初の大きなクライアントを失っていたかもしれない。あれ以来、俺は「36協定」を結ぶ手続きを進め、田中くんにはちゃんと残業代を払うことにした。正直、まだ「スタートアップで残業代って…」という感覚は拭いきれないが、神崎さんから「法律は最低限のラインです」とキツく言われた手前、やるしかないと腹を括った。
「いえ、社長のおかげです。それに、ちゃんと残業代もいただけるようになって、妻も安心してますよ」
田中くんは少しはにかんでそう答えた。彼の笑顔を見て、俺は「ああ、これで良かったんだ」と、少しだけ胸をなで下ろした。従業員の満足度が上がれば、生産性も上がる。そういう「いい会社」にしたいと、心底思っていた。
その日の午後、斉藤さんが何やら複雑な顔をして俺の席にやってきた。手に一枚の書類を持っている。
「社長、ちょっとご報告が…田中さんの件です」 「え、田中くん? なんだ、何か問題でもあったか?」
俺はドキリとした。残業代が計算間違っていたとか? いや、斉藤さんがしっかりチェックしてくれてるはずだ。
「いえ、問題というわけではないんですが…田中さん、このままだと半年後に『年次有給休暇』が発生しますね」 「…は?」
斉藤さんの口から出た言葉に、俺は一瞬、頭の中がフリーズした。「ねんじゆうきゅうきゅうか」? 有給? そんなの、大企業の話だろ? 俺たちみたいな社員数3人のスタートアップに、そんなもん関係あるわけないじゃないか。
「え、斉藤さん、マジっすか? 有給って、うちみたいな小さい会社でも、関係あるんですか?」 「はい、社長。従業員を雇用した以上、これは法律で決まっていますから」
斉藤さんは困ったように眉を下げた。法律、法律、法律…。また法律かよ! 俺は思わず頭を掻きむしった。
「いやいや、待ってくれよ。田中くんはまだ入って半年も経ってないんだぞ? しかも、有給って、休んでるのに給料払うってことだろ? そんな余裕、今のビジラボにあるわけないじゃないか!」 「…ですが、それが法的な義務なんです」 「義務って言ったって…俺が勝手に社員にサービスしてあげるもんだと思ってたんだけどな。『働き方改革』とか、テレビで言ってるのは知ってたけど、まさかうちにまで適用されるなんて…。しかも、休みたい時に休ませるって、仕事が回らなくなったらどうするんだよ!?」
俺の頭の中は混乱と焦りでいっぱだった。やっと従業員を雇えたと思ったら、次から次へと「義務」が降ってくる。社員を雇うって、こんなに大変なのか? そもそも、有給ってどれくらい発生するんだ? 夏休みとか冬休みとは別だろ? それって、給料払うんだよな? 人件費がまた上がるってことか!?
「社長、感情的になっても現実は変わりません。神崎さんに相談してみますか?」 斉藤さんの冷静な声が、俺の熱くなった頭を少しだけ冷やした。そうだ、神崎さんだ。こんな時こそ、あのメンターが必要だ。きっと俺の知らない「スタートアップなりの有給の運用方法」とか、そういう裏技があるに違いない。俺は藁にもすがる思いで、神崎さんに連絡を取るよう斉藤さんに頼んだ。
オフィスの一角にある会議室で、神崎さんがいつものようにテーブルの向こう側に座っていた。俺は目の前に置かれた温かいコーヒーには手をつけず、心臓の鼓動を抑えながら、早く彼女の「秘策」を聞きたかった。
「…と、いうわけなんです。神崎さん。正直、うちにはまだ早すぎますよ、有給なんて。何か、スタートアップでも負担が少ない運用方法とか、ありませんかね?」
俺がそうまくし立てると、神崎さんはフッと小さく笑った。その表情は、俺の楽観的な期待を一瞬で打ち砕くには十分だった。
「青木さん。まず、その認識が『致命的』に間違っています」 「えっ…?」
背筋に冷たいものが走った。また、俺の常識が非常識だと言われるのか。
「『有給休暇』は、会社が従業員に与える『サービス』ではありません。これは、憲法で保障された『労働者の権利』です。そして、その『権利』を会社として保障することは、青木さんの『義務』です」
神崎さんの言葉は、いつもながら冷徹で、そして揺るぎない。俺の頭の中では「憲法」という言葉が響き渡り、思わず息を呑んだ。
「さらに言えば、『年次有給休暇』だけでなく、会社が従業員を雇用する上で、無視できない重要な法律は他にもたくさんあります。『男女雇用機会均等法』や『育児・介護休業法』もその一つです。これらは、単に休暇を与えるという話だけに留まりません。青木さんの会社がこれから成長していく上で、必ず向き合わなければならない、非常に重要な基盤となるルールなのです」
「男女雇用機会均等法」「育児・介護休業法」…。また新しい言葉が飛び出してきた。しかも、どれもこれも「義務」だの「権利」だの、重そうな響きだ。俺はぐったりと椅子に凭れかかり、遠い目をして天井を見上げた。スタートアップ経営って、こんなに法務のハードルが高いのか…。
「社員の権利」は、社長の「義務」だ!神崎メンターの静かなる警告
「青木さん。まずは、最も身近な『年次有給休暇』から理解を深めましょう。これは従業員が心身をリフレッシュし、仕事への意欲を維持するために、賃金が支払われる休暇のことです」
神崎さんの言葉は、まるで重たい岩を動かすかのように、ゆっくりと、しかし確実に俺の頭に浸透していく。賃金が支払われる休暇…。やっぱり、休んでるのに金が出るってことだよな。
「その『年次有給休暇』は、労働基準法で定められた最低限の義務です。青木さんの会社が従業員を一人でも雇ったら、その瞬間から適用されるルールだと認識してください」 「うっ…一人でも、ですか…。じゃあ、田中くんを雇った時点でアウトだったってことか…」
俺は額に手を当てた。斉藤さんが「田中さんの有給、半年後に発生しますね」と言った意味が、ようやく繋がり始める。
「はい。正確には、雇い入れの日から6ヶ月継続勤務し、その間の全労働日の8割以上出勤した労働者に対して、10労働日の年次有給休暇を与えなければなりません」 「じゅ…10日!?」
俺は思わず前のめりになった。たった半年で10日も? それって、かなりの日数じゃないか。しかも、毎年増えていくんだろ?
「ええ。その後は、勤続年数に応じて、最大で年間20日まで付与されることになります。これは、会社の規模や業種に関わらず、すべての事業主に課せられる義務です」 「マジか…。うち、そんなに休みを増やせる余裕なんて…」 「青木さん。発想を転換してください。『余裕がないから与えない』のではなく、『余裕がないと会社が成り立たない』と考えるべきです。従業員が適切に休息を取れない会社は、長期的に見て生産性が落ち、離職率も上がります。有給休暇は、単なるコストではなく、従業員の健康を守り、会社の持続的な成長を促すための『投資』なのです」
投資、か。またもや神崎さん独特の比喩だ。でも、たしかに、田中くんが疲弊して辞めてしまっては元も子もない。あの残業の時も、彼の頑張りがなければ、ビジラボは終わっていた。彼の心身の健康を保つことは、会社の財産を守ることと同意義なのかもしれない。
「ですが、従業員がバラバラに好きな時に休まれたら、業務が回らなくなりますよね? うちはまだ少数精鋭でやってるんで…」
俺が不安を口にすると、神崎さんは頷いた。
「良い疑問(質問)ですね。もちろん、会社の事業運営に支障が出るほどの取得は認められていません。会社には『時季変更権』というものがあります。従業員が請求した時季に有給休暇を与えることが、事業の正常な運営を妨げる場合に、他の時季に変更してもらう権利です」 「おお! それなら少しは安心できるかも…」
俺はホッと息をついた。これで、いきなり重要なプレゼンの日に「社長、僕、有給で休みます!」なんて言われる事態は避けられそうだ。
「ただし、『事業の正常な運営を妨げる場合』という要件は厳しく判断されます。安易な行使は認められません。また、有給休暇の取得自体を拒否することはできません」
そう言って、神崎さんは再び俺の楽観的な考えに釘を刺した。やはり、そんな都合のいい裏技はない、ということか。
「それに、2019年からは、すべての企業で、年間10日以上の有給休暇が付与される労働者に対し、年5日については会社が時季を指定して取得させることが義務付けられています。これは、従業員の有給休暇取得を促進するための措置です」 「え、会社が勝手に指定するんですか? それって、勝手に休ませるってことですよね?」 「はい。逆に言えば、従業員が自ら5日以上の有給休暇を取得しない場合、会社側が取得時季を指定し、休ませる義務があるということです。この義務を怠ると、会社は罰則の対象となる可能性があります」
神崎さんの言葉に、俺はまたしても頭を抱えた。休ませないと罰則? なんてことだ。有給休暇って、単に「与える」だけじゃなくて、「ちゃんと取らせる」ところまで責任があるのか…。
「そして、青木さん。有給休暇の話から派生して、今後ビジラボが成長し、従業員が増えていく上で避けて通れないのが、『男女雇用機会均等法』と『育児・介護休業法』です」
神崎さんの視線が、斉藤さんへと移った。斉藤さんも真剣な表情で話を聞いている。
「これらは、女性従業員の採用や昇進、そして育児や介護と仕事の両立を支援するための法律です。今はまだ男性の田中さんしかいないかもしれませんが、将来、女性従業員が増えたり、田中さんが家族を持つ中で、これらの法律が会社の運営に大きく関わってきます」
「女性従業員が増えたり…」という言葉に、俺はビジラボの未来の姿を想像した。もっと多様な人材が集まって、イキイキと働いてくれる会社にしたい。それはもちろん、俺の理想だ。でも、その理想には、こんな法律的な壁が立ちはだかっているのか。
【神崎の法務レクチャー】「有給休暇」は休息ではない、未来への投資だ
「青木さん。先ほど申し上げた通り、年次有給休暇は労働者の権利であり、使用者の義務です。この制度は、労働者がリフレッシュして労働能力を回復し、ゆとりある生活を送ることを目的としています。これが、スタートアップであろうと大企業であろうと、働く人のために必要な、最も基本的なルールなのです」
神崎さんは、ゆっくりと、しかし明確な言葉で説明を続けた。
「年次有給休暇(ねんじゆうきゅうきゅうか)の付与要件は、以下の二つです。
- 雇い入れの日から6ヶ月継続勤務していること
- その期間の全労働日の8割以上出勤していること
これらを満たせば、パートタイマーやアルバイトであっても、勤務日数に応じて有給休暇が付与されます。これが『比例付与』という考え方です。週の所定労働日数が少ない従業員には、その日数に応じた有給休暇が与えられます」
【神崎の補足解説】年次有給休暇(ねんじゆうきゅうきゅうか)とは?
労働者が心身の疲労を回復し、ゆとりある生活を送れるようにするため、賃金を支払って労働義務を免除する制度。労働基準法で定められた最低限の労働者の権利であり、会社の規模や業種に関わらず、すべての事業主が遵守する義務がある。日本では2019年から、年10日以上の有給が付与される労働者には、年5日の時季指定義務が使用者側に課せられた。
「先ほど、年間10日とお話ししましたが、これは最低限の付与日数です。勤続年数が増えるごとに付与される日数は増え、6年6ヶ月以上継続勤務した場合は、年間20日付与されます。そして、この有給休暇の請求権は、発生から2年で時効により消滅します」 「に…2年!? 消化しきれなかったら、消えちゃうってことですか!?」 「はい。ですから、従業員に計画的に有給休暇を取得させることも、会社の重要な役割なのです」
俺は焦った。田中くんはまだ入社半年だけど、来年には10日、再来年にはさらに増えていく。それをちゃんと取らせないと、会社に罰則がくる可能性もあるなんて…。頭が痛くなってきた。
「では次に、青木さんが今後、女性従業員を採用する、あるいは田中さんの奥様が出産される、といった場合に直面する可能性のある法律についてお話しします。それが『男女雇用機会均等法』と『育児・介護休業法』です」
「男女雇用機会均等法」…。名前だけは聞いたことがあるが、具体的にどういう法律なのかは全く知らない。
「まず、男女雇用機会均等法(だんじょこようきかいきんとうほう)ですが、これは、募集、採用、配置、昇進、教育訓練、福利厚生、定年、解雇など、あらゆる雇用管理の場面において、性別を理由とした差別を禁止する法律です。例えば、『男性歓迎』といった求人票は原則としてNGですし、女性だからという理由で昇進させない、といったことも許されません」
【神崎の補足解説】男女雇用機会均等法(だんじょこようきかいきんとうほう)とは?
労働者が性別を理由として差別されることなく、均等な機会と待遇を得られるようにすることを目的とした法律。募集・採用から退職・解雇に至るまで、雇用管理のあらゆる段階における性別を理由とした差別を禁止するほか、セクハラやマタハラ(マタニティハラスメント)の防止措置を事業主に義務付けている。
「ひぇぇ…そんなに細かいところまで…」 「ええ。さらに、間接差別も禁止されます。例えば、『身長170cm以上』を応募条件にするのは、男性に有利な条件であり、女性に対する間接差別に当たる可能性があります。合理的な理由がない限り、そうした条件は認められません」
「うわぁ…。求人出すだけでも、結構気をつけないといけないんですね…」 俺は遠い昔に見た求人広告で、「若い男性が活躍できる職場です!」みたいな文言があったのを思い出し、あれもアウトだったのかとゾッとした。
「そして、この法律は、単に差別を禁止するだけでなく、セクシャルハラスメント(セクハラ)やマタニティハラスメント(マタハラ)の防止措置を事業主に義務付けています。セクハラは性的な言動、マタハラは妊娠・出産・育児休業などを理由とする不利益な取り扱いや嫌がらせのことです。これらは、会社のイメージダウンだけでなく、民事上の損害賠償責任や行政指導の対象にもなります」 「セクハラとマタハラ…どちらも言葉は知ってるけど、まさか社長である俺が、具体的な対策まで考えないといけないなんて…」 「はい。ガイドラインに沿った相談窓口の設置や研修の実施など、会社として従業員が安心して働ける環境を整備する義務があるのです。今は小さな会社ですが、こうした意識を今のうちから持っておくことが、将来のトラブル防止に繋がります」
神崎さんの言葉は、まさに未来への布石だ。今は「うちにはまだ関係ない」と思っていても、いつか必ずぶつかる壁なのだろう。
「さらに、育児・介護休業法(いくじかいごきゅうぎょうほう)は、育児や介護を行う労働者が、仕事と家庭生活を両立できるよう支援するための法律です。例えば、田中さんの奥様が出産される場合、田中さんは育児休業を取得する権利があります」
【神崎の補足解説】育児・介護休業法(いくじかいごきゅうぎょうほう)とは?
育児や介護を行う労働者が、家庭と仕事の両立を図れるようにするための法律。育児休業、介護休業の取得を保障するほか、子の看護休暇、介護休暇、短時間勤務制度などを定める。事業主には、育児休業などを理由とした不利益な取り扱いを禁止し、取得しやすい雇用環境の整備が義務付けられている。男性の育児休業取得を促進するための「産後パパ育休(出生時育児休業)」もこの法律に基づく。
「田中くんが…育児休業…? 田中くんがいなくなったら、開発が止まるじゃないですか!」 俺は思わず叫んだ。それは、ビジラボにとって、想像を絶する事態だった。
「青木さん、落ち着いてください。育児休業は、原則として子が1歳になるまで(特別な事情があれば最大2歳まで)取得できるものです。2022年からは、男性も取得しやすいよう『産後パパ育休(出生時育児休業)』という制度も始まりました。これは、子の出生後8週間以内に、最大4週間の休業を2回に分けて取得できるものです」 「まさか、男性社員にもそんな制度があるとは…。知らなかった…」
俺はただただ驚き、自分の無知を恥じるばかりだった。育児休業は女性だけのものだと思い込んでいた。
「もちろん、休業中の給料は会社から支払われる義務はありません。多くの場合、雇用保険から育児休業給付金が支給されます。しかし、休業中の社会保険料は労使ともに免除されますし、会社は休業中の従業員を不利益に扱ってはなりません。育児休業の取得を理由に解雇したり、降格させたりすることは、法律で禁止されています」 「不利益な取り扱い禁止…か。でも、人が一人減るって、うちにはかなりの痛手ですよ。代替要員を雇うとか、そういうのって…」 「その通りです。ですから、会社は休業する従業員の業務を、どのようにカバーするかを事前に検討しておく必要があります。また、育児休業以外にも、小学校就学前の子を育てる従業員には『子の看護休暇』、家族を介護する従業員には『介護休暇』、そして短時間勤務制度などの措置を講じる義務があります」 「うわぁ…なんか、どんどん、会社が背負うものが大きくなっていく感じがするな…」
俺は頭を抱えた。スタートアップって、もっと自由に、柔軟に、フットワーク軽く動けるものだと思っていた。もちろん、その自由さはあるが、同時に「人」を雇うということは、これほどの「責任」が伴うのかと、改めて痛感させられた。法律は、会社の成長を支える土台であると同時に、常に俺たちの足元を固めてくれる。この重みを、俺はしっかりと受け止める必要があるんだ。
無知は罪か、それとも成長の糧か?俺の決意
神崎さんの解説を聞き終え、俺は自分が抱いていた「有給休暇なんて大企業のもの」「育児休暇なんて女性だけのもの」という認識が、いかに世間からズレていたかを思い知らされた。正直、情けないとすら感じた。
「…神崎さん。俺、全然知らなかったです。従業員を雇うって、こんなに奥が深いというか、重たいことだったんですね」
俺が肩を落としてそう言うと、神崎さんは静かに首を振った。
「青木さん。無知は罪ではありません。しかし、無知のまま放置することは、会社にとって、そして従業員にとってのリスクに繋がります。青木さんのように、知ろうとすること、学ぼうとすることが何よりも重要です」 「でも…なんでこんなに、会社は従業員を『守らなきゃいけない』んですか? なんか、会社が一方的に負担を背負ってる気がして…」 「青木さん、それは逆です。会社は従業員に『守られている』のです。ビジラボの成長は、青木さんのアイデアと情熱だけでは成り立ちません。田中さんの技術力、斉藤さんの実務能力、彼らの貢献があってこそ、今のビジラボがあるのですよね?」 「それは…もちろん、そうっす」 「であれば、彼らが安心して働き、長く貢献してくれる環境を整えることは、会社の未来にとって不可欠なことです。従業員の権利を保障することは、巡り巡って会社の利益に繋がる『先行投資』なのです。優れた人材は、給与だけでなく、働きやすい環境、つまり『福利厚生』や『ワークライフバランス』を重視します。それを提供できる会社は、競争力が高まり、結果としてより優秀な人材を獲得し、定着させることができます」
神崎さんの言葉は、俺の凝り固まった頭の中のブロックを、一つ一つ丁寧に外していくようだった。たしかに、田中くんも残業代をちゃんと払うって言ったら、喜んでくれたし、斉藤さんもいつも以上に頼りになる。従業員が「守られている」と感じれば、その分、会社に貢献してくれる。そんな当たり前のことに、俺は気づけていなかった。
「要は…俺が『休みを与えてやる』って上から目線で考えるんじゃなくて、社員が『安心して働ける環境を整える』ことが、巡り巡ってビジラボの成長に繋がるってことですよね? 法務って、ただの『ルール』じゃなくて、会社の『未来』を創るための、すごく重要な『戦略』なんですね…」
俺が自分なりに解釈して問いかけると、神崎さんは満足そうに頷いた。
「はい。その認識こそが、スタートアップの経営者に求められる『リーガルマインド』です。法務は、単なるリスク回避の『守り』ではありません。従業員が安心して働く環境を整備し、多様な人材が活躍できる場を提供することは、会社の競争力を高める『攻め』の戦略でもあるのです」
「攻めの戦略…か」 俺は力強く拳を握った。これまで、法務は「面倒なこと」「コスト」だと思っていたが、神崎さんの話を聞けば聞くほど、それが会社の未来を左右する重要な要素だと理解できた。
「斉藤さん、田中くんの有給休暇のこと、ちゃんと運用できるように、俺も勉強するから。計画的に取得してもらうための仕組みとか、何かできることないか、一緒に考えてくれませんか?」 「はい、社長! もちろんです」
斉藤さんが、いつになく力強い声で返事をしてくれた。俺は初めて、法務という分野に、前向きに取り組む気になれた気がした。
解決への一歩と小さな成長
「よし、やるぞ!」
俺は会議室を出て、すぐに自席に戻った。神崎さんから勧められた労働基準法の解説書を、斉藤さんに頼んで注文してもらう。そして、ビジラボの就業規則に、有給休暇や育児・介護休業に関する規定がどうなっているのか、もう一度確認することにした。
「攻めの戦略としての法務…か」
神崎さんの言葉が、脳裏にこだまする。これまで、情熱と勢いだけで突っ走ってきた。時にはそれが、とんでもない落とし穴に繋がることもあった。でも、これからは違う。法律という羅針盤を手に、未来を見据えた「攻め」の姿勢で、ビジラボを成長させていくんだ。
田中くんが安心して働き、斉藤さんが経理・総務として会社の土台を固めてくれる。そして、いつかビジラボに、もっとたくさんの多様なメンバーが集まってくる。その時、彼らが「この会社を選んでよかった」と思えるように、今のうちから法務の知識をしっかり身につけ、準備をしておく。
「法務、マジでヤバいけど、やるしかねぇ…!」
俺は心の中でそう叫び、新たな学びへの一歩を踏み出した。
2. 記事のまとめ (Summary & Review)
📚 今回の学び(神崎メンターの総括)
[学習ポイント1]: 年次有給休暇は、従業員の心身の健康と会社への貢献意欲を高める「法定の権利」であり、会社の規模に関わらず、雇い入れから6ヶ月経過した8割以上出勤した従業員に付与される義務がある。これは単なる休暇ではなく、会社の持続的成長のための「投資」である。
[学習ポイント2]: 男女雇用機会均等法は、性別による差別を禁止し、セクハラ・マタハラ対策を義務付ける。育児・介護休業法は、育児・介護と仕事の両立を支援するため、育児休業、介護休業、短時間勤務などの制度を保障し、不利益な取り扱いを禁止する。これらの法律は、多様な人材が活躍できる企業文化の醸成に不可欠である。
[学習ポイント3]: 会社には、有給休暇を付与するだけでなく、年5日の時季指定義務など、従業員が実際に休暇を取得できるよう促進する義務がある。これらの義務を怠ると、会社の信頼失墜や罰則に繋がる可能性がある。
今週のリーガルマインド(神崎の教訓) 「法律を知らないことは、地図もコンパスも持たずに嵐の海へ出航するのと同じです。あなたの情熱という『船』を沈めないために、私たちは『法』という航海術を学ぶのです。そして、従業員の権利を保障することは、会社の未来への最大の『投資』です」
💭 青木の気づき(俺の学び)
- 「有給休暇」とか「育児休業」って、てっきり大企業とかのお話で、うちみたいなスタートアップには関係ないと思ってたけど、全然違った。「社員を雇う」ってことは、法律で決められた最低限の「権利」と「義務」がセットなんだな。これを無視して突っ走るのは、結局、俺たちの足を引っ張ることになる。
- 法務って、単なる「守り」のルールじゃなくて、会社の「攻め」の戦略にもなるんだって、神崎さんの言葉が刺さった。社員が安心して働ける環境を整えることは、優秀な人材を引きつけて、定着させる一番の「投資」になる。これからは、もっと積極的に法務を学んで、ビジラボを「いい会社」にしていくぞ!
3. 次回予告 (Next Episode)
有給休暇や育休の重要性を学び、社員への責任を改めて痛感した俺。ビジラボは順調に成長している…と、思っていた矢先、田中くんがまた遅刻してきた。しかも、今回は頻度が上がっているらしい。斉藤さんが「社長、そろそろ対応しないとまずいです」と深刻な顔で俺に告げた。「こんなんじゃクビだ!」と、俺は思わず口走ってしまったが、神崎さんは冷ややかにこう言った…。「青木さん、落ち着いて。『解雇権濫用の法理』って知ってますか?」
次回: 第14回 「クビ」は最後の手段! 解雇と懲戒処分

