納品バグ!「解除だ!」の前に知っておく「契約不適合責任」

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ここで学べる学習用語:契約の解除, 契約不適合責任(追完請求・代金減額請求)


第23回: 納品バグ!「解除だ!」の前に知っておく「契約不適合責任」

「社長!大変です!クライアントから怒りの電話が…!」

田中くんの悲痛な叫びが、インキュベーションオフィス中に響き渡った。俺、青木健一は、その瞬間、心臓が凍り付くような感覚に襲われた。先週、満を持して納品したばかりのビジラボの新システム。バグ修正を終え、これでようやく資金繰りも一安心、と胸をなで下ろしていた矢先のことだ。まさか、こんな形でまた新たな問題に直面するとは。俺は青ざめながら、田中の報告に耳を傾けた。このビジネス、本当に一筋縄ではいかない。


1. 顧客からの怒号!「話が違う、契約解除だ!」

俺は心臓が口から飛び出しそうなのを抑え込みながら、田中くんの報告を聞いた。彼が震える声で告げたのは、信じられないような内容だった。

「社長……先方から、『システムが約束通りの機能を満たしていない』って、すごい剣幕で……」

「約束通りじゃないって、何のことだ!? バグは全部直したはずだろ!?」

俺は思わず声を荒げてしまった。田中くんは顔色を悪くしながら、モニターの画面を指差す。

「はい、主要な機能は動いています。でも、先方が一番重視していた『特定の条件下でのデータ連携』が、想定していた動きと違うと……何度かテストはしたんですが、本番環境で特定のデータ量になると、処理が止まってしまうみたいで……」

「処理が止まるだと!? マジかよ……」

俺の頭の中は真っ白になった。特定の条件下で処理が止まる。それはつまり、納品したシステムが、顧客が期待した「働き」を十分に果たしていないということだ。背筋に冷たいものが走る。これまでの苦労が走馬灯のように駆け巡った。徹夜続きのテスト、田中くんたちの奮闘、そして何より、この契約にかかっていたビジラボの未来。

「先方はなんて言ってるんだ?」

田中くんは震える声で答えた。

「『話が違う!こんなシステムは受け取れない!すぐにでも契約を解除したい!』って……」

「契約解除……!?」

その言葉を聞いた瞬間、俺の目の前が真っ暗になった。契約解除。それは、今回の売上がゼロになるだけでなく、すでに投入した開発費用もすべて無駄になることを意味する。いや、それだけじゃない。信用の失墜、今後の取引への影響、そして何よりも、ビジラボの経営そのものが揺らぎかねない。頭の中では「債務不履行だ!」「損害賠償請求できるのか!?」と、先日神崎さんに教わったばかりの法律用語が、混乱した状態で入り乱れていた。しかし、今回は俺が請求する側ではなく、される側だ。胃の奥からこみ上げてくる吐き気に、俺は必死に耐えた。

「社長……どうしましょう……」

田中くんが不安そうに俺を見つめる。俺は握りしめた拳を震わせながら、どうすることもできなかった。喉がカラカラに乾き、心臓がバクバクと暴れる。まさか、たった一つのバグで、ここまで追い詰められるとは。俺の頭の中には、「契約解除」の恐ろしい四文字だけがグルグルと回っていた。焦燥感と絶望感が、オフィスに重くのしかかる。

そこに、冷静な声が響いた。

「青木社長、ちょっと状況を説明していただけますか?」

斉藤さんが、資料を手に俺たちの様子を訝しげに見つめていた。彼女の表情は、いつもの冷静沈着なものとは異なり、どこか心配の色を帯びている。

「斉藤さん……クライアントが、納品したシステムの不具合で契約解除を申し出てるんだ……」

俺は蚊の鳴くような声で現状を伝えた。斉藤さんは軽く眉をひそめ、すぐに田中に詳細な状況確認を始めた。その間にも、俺の心臓は激しいドラムを打ち鳴らし続けている。どうする? このまま契約解除なんてされたら、ビジラボは本当に危ない。俺は混乱し、ただただ立ち尽くすことしかできなかった。

2. 「瑕疵」はもう古い?メンターが突きつける新ルール

斉藤さんが田中くんから状況を詳しく聞き取り、やがて俺の方を向いた。その目には、厳しい現実が映っている。

「青木社長。システムの機能不全は、契約内容に照らし合わせると、確かに先方の期待を満たせていない状況です。先方は、このままでは事業に支障が出ると強く主張しています」

「でも、バグ修正はするって言ってるんだ! それでも『解除』なのか!? こっちだって、時間と金をかけて作ったんだぞ!」

俺は半ば逆ギレ気味に言い放った。汗が額を伝い、シャツが背中に張り付く。まさか、こんな泥沼のトラブルに発展するなんて。頭の中は、前回神崎さんに教わった「債務不履行」の言葉がちらつく。「履行遅滞」や「不完全履行」……まさに今の状況じゃないか。だけど、それをどう解決すればいいのか、俺には皆目検討がつかなかった。

その時だった。静かにオフィスに入ってきたのは、神崎凛メンターだった。いつものようにピンと背筋を伸ばし、涼やかな顔で俺たちの様子を見ている。まるで、この騒動が起こることを予期していたかのようだ。

「青木さん、また何かお困りですか? 随分と荒れているようですが」

神崎さんの声は、騒がしい俺たちの会話を遮るように、しかし、明確に響いた。

「神崎さん! ちょうどよかった! クライアントが、俺たちが納品したシステムにバグがあるって、契約解除を突きつけてきてるんです! こんな理不尽な話、ありますか!? バグは直せばいい話じゃないですか!」

俺は縋るように神崎さんに詰め寄った。神崎さんは一度、斉藤さんと田中くんの方に視線を向け、軽く頷いた後、静かに俺に向き直った。

「青木さん、落ち着いてください。まず、その『バグは直せばいい話』という認識が、法的に見て少し危険かもしれませんね」

「危険って……。だって、直してちゃんと動けば問題ないでしょ? 前に神崎さんが言ってた『債務不履行』、つまり『約束を果たしてない』ってことですよね? じゃあ、約束通りに直せばいいってことじゃないんですか!?」

俺は必死に反論した。先週教わったばかりの知識を、なんとか活用しようとしている。しかし、神崎さんの表情は変わらない。

「ええ、その『約束を果たしていない』という認識は正しいです。ですが、その『直せばいい』という青木さんの対応が、必ずしも法的に認められるとは限りません。特に、民法が改正された現在では、以前とは売主・請負人の責任の考え方が大きく変わっていますから」

「民法改正……? 責任の考え方? 前は『瑕疵担保責任』とか言ってませんでしたっけ? あれと何が違うんですか?」

俺は混乱した。耳慣れない言葉と、知っているはずの言葉が入り混じり、頭の中がこんがらがっていく。神崎さんは、そんな俺の様子に少しだけ微笑み、ゆっくりと口を開いた。

「良い質問(疑問)ですね、青木さん。その『瑕疵担保責任』という言葉は、実はもう使われないことが多いんです。今は、『契約不適合責任』という考え方が主流になっています」

「け、契約不適合責任……?」

俺は鸚鵡返しのようにその言葉を繰り返した。またしても、聞いたことのない、しかし、今の状況に直接関わるであろう重要な用語。俺の顔が、さらに青ざめていく。神崎さんは、俺の反応を見て、さらに言葉を続けた。

「ええ。今回のように納品物に不具合があった場合、売主(あるいは請負人)が負うべき責任を、法的には『契約不適合責任』と呼びます。そして、この責任における対応の『ステップ』と『考え方』を、青木さんは今すぐ理解する必要があるでしょう」

神崎さんの言葉は、俺の頭の中にズシリと響いた。直せばいい、なんて単純な話ではなかったのだ。目の前の危機を乗り越えるため、俺は神崎さんの言葉に、一言一句聞き漏らすまいと神経を集中させた。

3. 神崎の法務レクチャー:トラブル解決への羅針盤「契約不適合責任」

「青木さん、まずは深呼吸をしてください。そして、今日学ぶ『契約不適合責任』が、旧来の『瑕疵担保責任』とどう違うのか、そこから理解していきましょう」

神崎さんは、まるで小学校の先生が子供に語りかけるように、優しく、しかし有無を言わさぬ口調で話し始めた。俺はゴクリと唾を飲み込み、全身でその言葉を受け止めようとした。

「以前の民法にあった『瑕疵担保責任(かしたんぽせきにん)』は、簡単に言えば『売買された物に、通常の注意では見つけられない隠れた欠陥(瑕疵)があった場合』に、売主が負う責任のことでした。これは、物の『物理的な欠陥』に焦点を当てていたんです」

「物理的な欠欠陥……。例えば、システムなら、動かない、とか、ボタンが押せない、とか、そういうことですか?」

俺が尋ねると、神崎さんは頷いた。

「ええ、まさにその通りです。しかし、2020年4月に施行された改正民法では、この考え方が大きく変わりました。それが『契約不適合責任』です」

【神崎の補足解説】契約不適合責任(けいやくふてきごうせきにん)とは?

買主(顧客)に引き渡した目的物(商品やシステムなど)が、種類、品質、数量に関して契約の内容に適合しない場合に、売主(事業者)が負う責任のこと。旧民法の「瑕疵担保責任」が客観的な「物理的欠陥」に焦点を当てていたのに対し、契約不適合責任は「契約内容との不一致」という、より主観的・契約本位の視点に立つ。これにより、売主の責任範囲が広がり、買主の権利も多様化している。ビジラボのようなスタートアップがサービスやシステムを納品する際、単に「動けばOK」ではなく、「顧客との約束をどこまで果たせているか」が厳しく問われる。

「契約不適合責任の最も重要なポイントは、その名の通り、『契約の内容に適合しない』かどうか、という視点なんです。これは、単に物が壊れていたり、動かなかったりという『物理的な欠陥』だけでなく、『契約で約束した品質や性能、種類、数量を満たしていない』場合も含むようになりました」

「えっと……じゃあ、俺たちが今回納品したシステムの場合だと……」

「ええ。お客様は『特定の条件下でのデータ連携』ができることを契約の重要な要素と考えていた。しかし、納品されたシステムがその機能を十分に果たせていない。これはまさに、契約で約束した『品質』や『性能』に『適合しない』と評価されるでしょう。青木さんが『バグは直せばいい』とおっしゃったのは、旧民法の『瑕疵』の考え方に引っ張られているのかもしれませんね」

「なるほど……。単に『壊れてるかどうか』じゃなくて、『約束通りになってるかどうか』ってことなんですね。じゃあ、俺たちは約束を果たせていない……」

俺は痛感した。バグがあることは、確かに「契約に適合していない」ということだ。

「では、お客様が『契約に適合しない』と言ってきた場合、彼らはどのような権利を行使できるのでしょうか。法的な対応としては、主に以下の4つのステップが考えられます」

神崎さんは指を折りながら解説を始めた。

「まず、第一に考えられるのが、『追完請求(ついかんせいきゅう)』です。これは、契約内容に適合しない部分を、売主の費用負担で『追完』することを求める権利です」

「追完?」

「ええ。具体的には、修補(修理)代替品の引渡し(新品交換など)、または不足分の引渡しの3つが考えられます。今回のケースでは、システムに不具合があるわけですから、お客様は私たちに『バグを直して、契約通りの品質にしてください』と『修補』を求める権利がある、ということです」

「ああ、つまり俺が最初に言った『バグを直す』ってのは、法的にはこの『追完請求』に応じる、ってことなんですね!」

俺は少しばかりホッとした。自分の最初の発想も、全くの見当違いではなかったことに安堵したのだ。

「その通りです。原則として、買主はまず追完請求を行い、売主はその請求に応じて追完する義務があります。この段階では、まだ『契約解除』という話にはなりません。売主には追完する『機会』が与えられるのです」

「お、おお! じゃあ、今からでも急いでバグを直せば、契約解除は免れるかもしれないってことっすか!?」

俺は希望の光を見出したように身を乗り出した。田中くんも、わずかに表情が和らいだ。

「ええ、しかし、これには条件があります。買主が不相当な負担を売主に課す場合や、追完が不可能な場合は、追完請求に応じる必要はありません。ただし、今回のケースではバグ修正は可能でしょうから、まずは追完に応じるべきです」

「なるほど……」

「次に、もし追完請求に応じてもらえる見込みがない、または応じたにもかかわらず『相当の期間』が経過しても契約に適合しない状態が解消されない場合、買主は次のステップに進むことができます。それが、『代金減額請求(だいきんげんがくせいきゅう)』です」

「代金減額……!?」

「ええ。契約内容に適合しない分だけ、代金を減額するよう求める権利です。例えば、100万円で約束した機能のうち、一部しか使えないなら、その使えない分の価値を差し引いて、80万円にしてください、といった具合ですね」

「うわぁ……それも痛いな……」

俺は思わずうめき声を上げた。システムの開発費用はすでに発生している。代金減額なんてされたら、ビジラボの利益はさらに圧迫されるだろう。

「そして、その上で、さらに深刻な状況になった場合、買主は『損害賠償請求(そんがいばいしょうせいきゅう)』と『契約の解除(けいやくのかいじょ)』を行うことができます」

神崎さんの言葉は、俺の胸に重くのしかかった。

「損害賠償請求は、契約不適合によって買主が被った損害、例えば、事業が滞ったことによる逸失利益などを賠償させるものです。これは追完請求や代金減額請求と同時に行われることもあります」

「そして、青木さんが最も懸念されている『契約の解除』ですが、これは最終手段です。原則として、買主は、まず追完を求めて、それでも問題が解決しない場合に初めて契約解除ができるようになります。もちろん、追完が不可能である場合や、履行を拒絶している場合など、例外的にいきなり解除が認められるケースもありますが、今回のケースでは、まずは追完の機会が与えられるのが通常です」

「じゃあ、俺たちがバグを直そうと努力すれば、すぐに『契約解除』されるってことはないってことっすか?」

俺は必死に確認した。

「通常は、そうです。ただし、買主が『相当の期間を定めて履行の催告(さいこく)』、つまり『いつまでに直せ』と期間を指定して要求したにもかかわらず、その期間内に追完がされなかった場合、買主は契約を解除できる、とされています。この『相当の期間』がどのくらいか、はケースバイケースですが、システム開発のような場合は、比較的長めに設定されることが多いでしょう」

「なるほど……。じゃあ、まずは『直します!』って言って、誠意を見せるのが大事ってことなんですね」

「その通りです。焦って感情的になるのではなく、まずは冷静に状況を把握し、法的に認められたステップを踏んで対応することが重要です。お客様の怒りも理解できますが、我々にも反論の余地がある、ということです」

神崎さんの解説は、俺の心に羅針盤を与えてくれたようだった。単に「バグを直す」だけでなく、「追完請求に応じる」という法的な意味合いを理解できたことで、次に何をすべきかが明確に見えてきた。

4. 俺の理解と決意:信頼回復への第一歩

神崎さんの丁寧な解説を受け、俺の頭の中は少しずつ整理されていった。

「要はこういうことっすよね、神崎さん! クライアントは怒ってるけど、いきなり『解除だ!』って叫ばれても、俺たちにはまず『直す権利』と『機会』がある、と。だから、まずは『追完請求』に応じる形で、バグ修正を最優先で対応するってことを伝えればいいってことっすか?」

俺は自分の言葉で、神崎さんの解説を要約してみた。すると、神崎さんは穏やかに頷いた。

「ええ、青木さん、その認識で概ね問題ありません。ただし、『直す権利』ではなく、『直す義務』と捉えるべきでしょう。売主として、契約内容に適合しない物を引き渡した以上、その状態を解消する義務があるということです。そして、それを『相当の期間内』に行う必要があります」

「義務、か……。なるほど、そうっすよね。俺たちが売主だから、責任があるってことだ。じゃあ、まずは田中に緊急でバグ修正のチームを組ませて、最短で対応するとクライアントに連絡します!」

俺はすぐに田中の元へ向かおうとした。しかし、神崎さんの言葉が俺を引き留めた。

「青木さん、ちょっと待ってください。大切なのは、単に『直す』と伝えるだけではありません。お客様に対して、なぜこのような不適合が発生したのか、そして今後、二度とこのような問題を起こさないための再発防止策をどのように講じるのか。そういった『誠意ある説明』と『具体的な行動計画』を示すことが、信頼回復のためには不可欠です」

「誠意ある説明……具体的な行動計画……」

俺は頭を抱えた。単に法的なステップを踏むだけでなく、そこには「人としての誠意」も求められている。これがビジネスというものなのか。

「さらに、今回のケースでは、システムが機能しないことによってお客様が被っている事業への影響も考慮する必要があります。例えば、バグ修正期間中に、お客様が一時的に他の方法で業務を代替しているようなら、それにかかる費用についても、損害賠償の一部として検討する必要が出てくるかもしれません」

「げぇ……損害賠償……」

「その可能性はありますが、まずは追完を誠実に履行することが優先です。その上で、もしお客様が損害賠償を主張してきた場合、それが今回の不適合に起因するものか、そしてその金額が妥当であるかを吟味することになります。しかし、青木さん、今回の件で一番重要なのは、『契約書の内容』をもう一度、隅々まで確認することです。システムの要件定義、保証期間、そして不具合発生時の責任範囲や対応プロトコルがどのように定められているか。そこが、我々の対応の基盤となります」

神崎さんの言葉に、俺は第16回の「契約自由の原則」や第20回の「契約書作成の重要性」を思い出した。あの時、もっと真剣に契約書の中身を見ていれば、と後悔の念が押し寄せる。

「くそっ……こんなことなら、もっと早く神崎さんに相談しとけばよかった……」

俺は唇を噛み締めた。しかし、今さら後悔しても始まらない。俺にできることは、今から神崎さんに教わった知識をフル活用し、この難局を乗り越えることだ。

「わかりました、神崎さん。俺、やります! まずはクライアントに、今回の不適合について深くお詫びし、迅速な追完対応を約束します。そして、同時に契約書を徹底的に見直して、今後の対応を検討します。田中くん、斉藤さん、緊急でミーティングだ! クライアントへの説明とバグ修正の計画を立てるぞ!」

俺は二人に呼びかけた。青木の情熱が、再び燃え上がり始めた。クライアントからの怒号に震えた心は、まだ完全に落ち着いたわけではないが、法務という羅針盤を手に入れたことで、進むべき方向が明確になった。この問題を乗り越えれば、ビジラボはまた一つ強くなる。そう信じて、俺は前を向いた。

5. 誠意ある一歩と小さな成長

俺はすぐに田中くんと斉藤さんを集め、緊急ミーティングを開始した。神崎さんに教わった「追完請求」の原則と、誠意ある対応の重要性を二人にも共有する。

「田中くん、まずはバグ修正の進捗状況と、完了までの最短スケジュールを再確認してくれ。それが、クライアントへの『追完の提案』の核になる」

「はい、社長! すぐにチームと連携して洗い出します!」

田中くんは、先ほどの絶望的な表情から一転、プログラマーとしての顔つきに戻り、力強く頷いた。

「斉藤さん、俺がクライアントに謝罪と状況説明の電話を入れる間、契約書をもう一度確認してくれ。特に、システム品質に関する条項、保証期間、不具合発生時の対応、そして解除に関する記述を重点的にだ」

「わかりました。先ほど神崎さんのお話を聞きながら、すでに目を通し始めています」

斉藤さんはいつも通り冷静沈着だ。その冷静さが、今の俺には心強い。

「俺はこれからすぐにでもクライアントに連絡を入れる。バグ修正を約束し、同時に、今回の件でご迷惑をおかけしたことに対して、心からお詫びする。そして、再発防止策についても、後日改めてご提案させてくださいと伝えるんだ」

もちろん、顧客の怒りがすぐに収まるわけではないだろう。場合によっては、代金減額や損害賠償の要求が来る可能性もある。だが、少なくとも、法的なステップを踏まずに感情的にぶつかるだけでは、泥沼化するだけだと理解した。

電話口の向こうで、クライアントの声はまだ怒りに満ちていた。しかし、俺が「契約不適合責任」の原則に基づき、まずは迅速な「追完(修補)」に全力を尽くすこと、そして再発防止策を講じることを誠心誠意伝えると、少しだけではあるが、相手の口調が和らいだ気がした。

「……わかりました。では、いつまでに修正できますか? それでダメなら、その時は考えますから」

顧客からの言葉はまだ厳しいものだったが、それでも「修正の機会」を得られたことに、俺は安堵した。

電話を切った後、俺は大きく息を吐いた。胃の痛みはまだ残っているが、少なくとも、最悪の事態は一旦回避できた。神崎さんの法務レクチャーがなければ、今頃俺は完全にパニックになり、クライアントとの関係を修復不能な状態にしてしまっていたかもしれない。

「法務、マジでヤバいけど、やるしかねぇ……」

俺は、再び心の中で誓った。このトラブルを乗り越え、ビジラボは必ずもっと強くなる。一つ一つの失敗が、俺たちを成長させてくれる。法務は「リスク」ではなく、「危機を乗り越えるための武器」なのだと、改めて痛感した夜だった。


2. 記事のまとめ

📚 今回の学び(神崎メンターの総括)

  • 【契約不適合責任】: 改正民法により、目的物が「契約の内容に適合しない」場合に発生する売主(請負人)の責任。旧「瑕疵担保責任」が物理的欠陥に焦点を当てたのに対し、契約不適合責任は契約内容との不一致に着目するため、責任範囲がより広範になっている。

  • 【買主の請求権】: 契約不適合があった場合、買主はまず以下のいずれかを請求できる。

    1. 追完請求(修補、代替品引渡し、不足分の引渡し): 売主は原則としてこれに応じる義務がある。
    2. 代金減額請求: 追完が不能、または相当期間内の追完がなかった場合に可能。
    3. 損害賠償請求: 契約不適合によって生じた損害の賠償を請求できる。
    4. 契約解除: 追完請求に応じない、または履行が不能な場合など、最終手段として認められる。
  • 【トラブル対応の基本】: 契約不適合が発生した場合、売主は原則としてまず「追完請求」に応じる「機会」が与えられる。感情的にならず、誠実に問題解決に取り組む姿勢が、信頼回復とトラブル泥沼化回避には不可欠。

今週のリーガルマインド(神崎の教訓) 「契約は、単なる約束事ではありません。それは、未来に起こりうるリスクに対する『予見』であり、『合意された解決策』です。トラブル発生時に『どうすればよかったのか』と嘆く前に、契約締結時に『どう備えるべきか』を問う。その思考こそが、ビジネスを守り、育てる法務の真髄です。」

💭 青木の気づき(俺の学び)

  • 「直せばいいじゃん!」って単純な話じゃなかったんだ。法律的に「追完請求」っていうステップがあって、まずはそれに誠実に応じるのが大事なんだな。感情的に「解除なんてありえない!」って叫ぶだけじゃ、状況は悪くなる一方だ。

  • 民法改正で「瑕疵担保責任」が「契約不適合責任」に変わったって聞いたけど、それがこんなにもビジネスに直接影響するとは。俺たちが作るシステムやサービスが「契約通りか」って視点が、思ってた以上に重要だってことだ。

  • 契約書って、マジで大事だ。トラブルが起こってから「あの時どう書いたっけ?」って慌てるんじゃなくて、あらかじめリスクを想定して、責任範囲や対応を明確に定めておくことが、いかに重要か痛感した。また一つ、ビジラボの経営者として成長できた気がする。


3. 次回予告

今回のバグ騒動は、何とか「追完(修補)」の機会を得ることで、最悪の契約解除は免れることができた。しかし、俺たちが納品したシステムが「契約不適合」とされた事実は、ビジラボの品質管理体制に大きな課題を突きつけた。

そんな中、俺は新しいビジネスパートナーとの協業を模索していた。だが、そのパートナーが「うちのサービスをそちらのSaaSに組み込んでもらう形でもいい?」と提案してきたことで、俺の頭には新たな疑問が生まれる。「モノの売買じゃなくて、サービスやアイディアを組み込むって、これって法的にはどうなるんだ?」

神崎さんの「青木さん、それは『請負』か『委任』か、『仕事の完成』と『業務の遂行』では、責任の重さが全く違いますよ」という言葉が、俺の脳裏をよぎる。

次回: 第24回 モノの契約(1) 売買契約と所有権留保

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