「タダで預かる」が一番コワい。「寄託契約」と「商人」の重い責任

ここで学べる学習用語:寄託契約、商行為、商人
第27回: 「タダで預かる」が一番コワい。「寄託契約」と「商人」の重い責任
「よし、田中くん、これで外部パートナーさんとの連携もバッチリだな!」
俺は興奮気味に、目の前のエンジニア、田中翔の肩をバンバンと叩いた。前回、外部のプログラマーに開発の一部を委託することになり、それが「請負契約」なのか「準委任契約」なのか、神崎さんのレクチャーで頭を悩ませたばかりだ。結果的に今回は「準委任契約」の形で進めることになった。納期ではなく、プログラマーさんの技術力と時間を借りる形だ。
「ええ、青木社長。先方のシステム環境だと、どうしても一時的に弊社の開発サーバーをお預けする必要があるみたいです。そっちの方が作業効率がいい、と」 田中は少し気まずそうに言った。
「なんだ、そういうことか! 全然OKだろ、別に場所取るわけじゃないしな。サーバなんて小さいもんだ」 俺は軽く考えていた。サーバ一台くらい、預けるのも預かるのも、別にどうってことないだろう、と。もちろん、先方とのやり取りは田中が全てやってくれているから、細かいことは把握していない。だが、預ける側も預かる側も、ビジネスではよくある話だ。
データ保管の「軽いノリ」が招く、まさかの大ピンチ!
「まあ、タダで預かってくれるっていうし、ありがたいな!」 俺は楽天的に言った。外部パートナーさんがビジラボの重要なデータが詰まった開発サーバーを、無償で一時的に預かってくれる。なんて親切な人たちなんだ。
しかし、その言葉に、経理担当の斉藤さんがピクリと反応した。 「社長……『タダで』が、一番厄介なことになりかねませんよ」 斉藤さんの声は、いつになく真剣だった。
「え、なに? 斉藤さん、また変なこと言い出すの? 別にタダなんだから、こっちにデメリットはないだろ?」 俺は眉をひそめた。斉藤さんはいつも現実的なことを言うが、時々、神経質すぎるんじゃないかと思うことがある。
「デメリットがないどころか、最大のリスクかもしれません。田中さん、そのサーバーには顧客の機密情報や、ビジラボのサービス基盤に関わる核心データが入っていますよね?」 斉藤さんは田中に向き直った。
田中は神妙な顔で頷く。 「はい。まだ開発中の段階ですが、将来的な顧客データや、システム設計の根幹に関わる部分も含まれています。セキュリティは厳重にしていますが、万が一、破損や情報漏洩があった場合……」
「万が一どころじゃないわよ、社長!」 斉藤さんの声が一段と高くなった。 「もし、預かっている間に先方の不手際でデータが消えたり、サーバーが物理的に破損したりしたら? 無償だからって『知りません』で済まされるわけありませんよ。むしろ、無償だからこそ、責任範囲が曖昧になりやすい。下手をすれば、損害賠償請求の嵐ですよ!」
俺は冷や汗が背中を伝うのを感じた。顧客の機密情報、サービス基盤の核心データ……。もし、それが流出したり、消えたりしたら、ビジラボは信用を失うどころか、会社そのものが終わってしまうかもしれない。 「な、なにを大袈裟な……! 預けるだけだろ? 何かあったとしても、先方も悪気があってやったわけじゃないんだから、話し合いで……」
「話し合いで済むなら、法律はいりません!」 斉藤さんはバッサリと切り捨てた。 「前に神崎さんがおっしゃってましたよね。『契約は口約束でも成立する』って。タダで預かってもらう、という行為そのものが、ある種の『契約』なんです。しかも、ビジラボは営利目的の企業。私たちが預かる立場になったとしたら、もっと大変なことになりますよ」
俺は頭を抱えた。預かる側ではなく、預ける側だが、確かにその通りだ。預けるだけでもこれだけ心配になるのに、もしビジラボが顧客の重要なサーバーを預かることになったら……。 「ヤバい、全然わかんねぇ……。預けるって、そんなに重大なことなのか? マジかよ……」 俺の楽観的な認識が、音を立てて崩れ去っていくのを感じた。
冷静沈着なメンター降臨!「預かる」の背後に潜む、法務の落とし穴
「青木さん、その認識は『致命的』に間違っています」 俺が頭を抱えていると、どこからともなく、冷静で的確な声が響いた。振り返ると、神崎凛さんがいつものように腕を組み、静かに立っていた。
「か、神崎さん! ちょうどよかった! 斉藤さんが、外部パートナーにサーバー預けるだけで、やたらと危険だって言うんですけど……」 俺は救いを求めるように言った。
神崎さんは俺の言葉を遮るように、斉藤さんの方を向いた。 「斉藤さんのご指摘の通りです。青木さんのように『タダだから安心』という考えは、ビジネスにおいて非常に危険な盲点になりがちです。特に、私たちビジラボのように、営利目的で事業を営む『商人』であるならば、その責任は、一般の人々が考える以上に重くなります」
「え……商人? 俺たちが?」 俺はポカンとした。スーパーの店主とか、昔ながらの問屋さんとか、そういうのが『商人』だと思っていた。まさか、スタートアップのIT企業である俺たちが『商人』だなんて。
神崎さんは続ける。 「ええ。そして、物を預かる行為は『寄託契約』という契約の一種です。さらに、商人である私たちが、事業として寄託を行う場合、それは『商行為』とみなされます。そしてこの『商行為』には、民法の一般的なルールとは異なる、より厳格な責任が課せられることがあるのです」
「き、寄託契約? 商行為? ……なんですか、それ!?」 俺は完全にフリーズした。また新しい、聞いたことのない法律用語のオンパレードだ。ただサーバーを一時的に預けるというだけの話が、いつの間にかこんなにも複雑で、責任重大な話になっているなんて。
神崎さんは俺の混乱を気にする風もなく、淡々と、しかし有無を言わさぬ口調で言った。 「青木さん。あなたの会社の最も重要な資産であるデータが詰まったサーバーを預ける、あるいは預かるという行為は、決して『軽いノリ』でできるものではありません。そこに発生する法的な責任について、今からしっかり解説しましょう」 神崎さんの瞳は、いつにも増して鋭く、俺は思わずゴクリと唾を飲み込んだ。
神崎の法務レクチャー:無償の優しさが「命取り」になる寄託契約の真実
「では、まず青木さんが混乱している『寄託契約』から説明しましょう。これはシンプルに言えば、ある物を預かり、または預けることを約束する契約のことです。」
神崎さんはホワイトボードに『寄託契約』と書き出した。
「皆さんが駅のコインロッカーに荷物を預ける、銀行にお金を預ける、あるいは、ホテルのフロントで貴重品を預かってもらう。これら全てが『寄託契約』の一種です。物を預ける側を『寄託者』、預かる側を『受寄者』と呼びます。」
「へぇー、コインロッカーもそうなのか。てっきり、お金払って場所借りてるだけかと……」 俺は素直に感心した。法律って、本当に身近なところにあるんだな。
「その通りです。そして、この寄託契約には、大きく分けて二つの種類があります。一つは『有償寄託』、もう一つは『無償寄託』です。文字通り、お金を払って預かってもらうのが有償、無償で預かってもらうのが無償です。」
「なるほど! 今回のケースは、外部パートナーさんがタダで預かってくれるから、『無償寄託』ってことっすね?」 俺は胸を張って答えた。
「その認識は合っています。しかし、青木さん。問題はここからです。あなたは『無償だから』と軽く考えがちですが、法的な責任という点では、むしろ無償寄託の方が、より注意を払うべき場面が多いと理解してください。」
「え、どういうことっすか? タダだから、責任も軽いんじゃないんですか?」 俺は納得できない顔をした。普通に考えたら、お金を払って預かってもらう方が、預かる側も責任を感じてしっかり管理するだろう。タダなら、そこまでガチガチにならなくてもいいんじゃないか?
神崎さんは俺の疑問を見越したように、ゆっくりと話し始めた。 「民法上、無償寄託の場合、受寄者の注意義務は、自己の財産と同一の注意義務(自己物同一注意義務)で足りるとされています。つまり、自分の物を管理するのと同じ程度の注意を払っていれば、万一の損害も責任を負わない、という考え方です。これに対し、有償寄託の場合は、善良な管理者の注意義務(善管注意義務)が課せられます。」
【神崎の補足解説】善管注意義務(ぜんかんちゅういぎむ)とは?
専門家として、またはその職務を行う者として、一般的に要求される程度の注意を払って業務を行う義務のこと。「自分の物と同じように」ではなく、「プロとして、その分野の専門家が通常払うべき注意を払う」という、より高度な注意義務を指します。ビジラボ(スタートアップ)のような企業がビジネスを行う上で、契約上当然に負うべき義務の基本となります。
「善管注意義務……? それって、前に取締役の責任の話で出てきたやつですよね?」 俺はかすかに以前の記憶が蘇った。経営者は会社に対して善管注意義務を負う、みたいな話だった気がする。
「おや、よく覚えていますね、青木さん。その通りです。会社法上の取締役の義務も、この善管注意義務がベースとなっています。さて、民法上の寄託契約だけを考えるなら、無償寄託の責任は軽いと言えます。しかし、私たちは『民法』だけを考えていれば良いわけではありません。」
神崎さんは視線を斉藤さんと田中さんにも向けた。 「ここからが、青木さんが『商人』であることの重要性に関わってきます。」
【神崎の補足解説】商人(しょうにん)とは?
商法において、「自己の名をもって商行為をすることを業とする者」と定義されます。簡単に言えば、「営利目的で、継続的にビジネスを行う者」のことです。株式会社などの法人も法律上「商人」とみなされます。ビジラボ(スタートアップ)はまさにこの定義に該当し、通常、法人登記を行った時点で「商人」として扱われます。
「ビジラボは株式会社であり、営利を目的として継続的に事業を行っています。つまり、あなた方ビジラボは、法律上『商人』なのです。」
「えええ!? 俺たちが商人!? なんか、商店街のオッチャンみたいなイメージだったんですけど……」 俺は驚きを隠せない。
「そのイメージは捨ててください。商法における『商人』は、ビジネスを営む主体全般を指します。そして、商人が行うビジネス上の行為を『商行為』と呼びます。」
【神崎の補足解説】商行為(しょうこうい)とは?
商法に定められた、商人による営業活動に関連する行為全般を指します。例えば、物を売買する行為、お金を貸し借りする行為、サービスを提供する行為、そして物を預かる行為など、多岐にわたります。商行為には、民法とは異なる特別なルールが適用されることが多く、一般的に民法よりも取引の迅速性と安全性を重視し、責任が重くなる傾向があります。
「商行為には、いくつかの種類がありますが、今重要なのは、『商人が事業として行う寄託契約は、商行為とみなされる』という点です。今回のケースでは、外部パートナーさんがビジラボのサーバーを『事業の一環として、無償で預かる』のであれば、それは商行為となりえます。」
「そして、商行為である寄託契約の場合、受寄者の注意義務は、無償寄託であっても『善管注意義務』が課せられるのが原則です。民法上の無償寄託よりも、商法上の無償寄託の方が、受寄者の責任が重くなるのです。」
俺は頭が真っ白になった。 「ちょっと待ってください! じゃあ、もし外部パートナーさんがうちのサーバーをタダで預かってもらってて、万が一、先方の不手際でデータが消えたら、たとえ無償でも『プロとしてやるべき注意を怠った』ってことで、先方は責任を負わなきゃいけないってことですか!?」
「その通りです。そして逆に、もしビジラボが顧客の重要なデータを無償で預かったとして、何かあった場合、同じように『プロとして』の責任を追及されることになります。」 神崎さんは静かに頷いた。
「うわああああああ! マジかよ、タダなのに!!」 俺は思わず叫んでしまった。タダで預かってもらう、タダで預かる、その中にこれほど重い責任が隠されていたとは。
「青木さん、落ち着いてください。これは、ビジネスにおける信頼性と、取引の安全性を守るためのルールです。あなたが『タダだからいいや』と軽く考えてしまうと、その甘さが、取り返しのつかない損害に繋がる可能性がある、ということなのです。」
神崎さんの言葉が、俺の心に深く突き刺さった。
「今回のケースでは、ビジラボは『寄託者(預ける側)』ですが、もし先方パートナーが『商人』として、その『事業』としてサーバーを預かるのであれば、その責任は重くなります。そのため、預ける側としては安心材料ですが、逆に預かる側になった場合は、細心の注意を払わなければなりません。」
「具体的には、預かる物に対して『善良な管理者の注意』をもって保管し、適切に管理しなければならないということです。データサーバーであれば、物理的な安全確保はもちろん、サイバーセキュリティ対策、バックアップ体制の確保、アクセス権限の管理なども含まれるでしょう。これらを怠り、サーバーが破損したり、データが流出したりすれば、損害賠償責任が発生する可能性があります。そして、その損害額は、ビジラボの事業規模や顧客情報の内容によっては、計り知れないものになるでしょう。」
俺は、今までいかに法律を甘く見ていたかを痛感した。預かる、という行為一つに、ここまで深く、重い責任が伴うとは。
「もちろん、事前に『免責事項』を明確に定めた契約書を交わすことで、責任範囲を限定することも可能です。しかし、それもまた、両者が合意した『契約』に基づくものです。口約束の『タダだからよろしく!』では、何の担保にもなりません。」
神崎さんの言葉は、俺の頭の中の霧を晴らしていくようだった。 タダだからと安易に引き受ける行為は、実は、最もリスクが高いのだ。なぜなら、お金のやり取りがない分、契約内容が曖昧になりやすく、いざトラブルになった時に、「どこまでが責任範囲か」という点で揉めることになるからだ。そして、ビジネスにおいては、責任範囲は「商人」としての高い基準で問われる。
俺の甘さを叩き直す「寄託」の教訓、そして再起!
「要は……俺たちが『商人』として、誰かのものを預かったり、誰かに俺たちのものを預かってもらったりする場合、たとえお金を払っていなくても、その行為そのものが『寄託契約』という立派な契約で、しかも『商行為』になるから、民法とは比べ物にならないくらい重い責任を負うってことっすよね!? タダほど怖いものはないってことっすか!?」
俺は必死に、神崎さんの話を自分の言葉に翻訳した。頭の中はまだ混乱しているが、核となる部分は理解できた気がした。
神崎さんは少しだけ口元を緩め、頷いた。 「ええ、その認識で概ね合っています。特に、IT企業であるビジラボにとって、顧客のデータ、自社の開発サーバーといった『情報資産』は会社の生命線です。それを『預かる』『預ける』という行為には、細心の注意と、明確な契約が不可欠です。」
斉藤さんも「社長、本当にその通りです。これで少しは分かっていただけたでしょうか」と、呆れたような、しかし安堵したような顔で言った。
「うおおおお、全然わかってなかった……。俺、また一つ、経営者として致命的なリスクを見落とすところだった……」 俺はガックリと肩を落としながらも、同時に、神崎さんの教えに感謝の念を抱いた。 俺はいつも「情熱」と「勢い」で突っ走りがちだが、その足元には、常に法律という「地雷」が埋まっていることを思い知らされる。そして、神崎さんは、その地雷の場所を的確に教えてくれるのだ。
田中はすでに外部パートナーとの連絡を取り始めていた。 「今、先方と連絡を取っています。寄託の契約書について、一度協議させてほしいと伝えます」 田中は優秀だ。俺の理解が追いつかない間に、すでに実務的な対応を始めてくれている。
「田中くん、ありがとう。助かる……。斉藤さんも、いつも現実を突きつけてくれて感謝だ。これで、預けている間に何かあったとしても、責任の所在が明確になるってことっすよね?」 俺は少しホッとした。
「そうです。重要なのは、曖昧なままにしないこと。そして、無償であっても、それは『ビジネス上の行為』であるという認識を強く持つことです。信頼は、そうした法的な裏付けの上で初めて成り立ちます。」 神崎さんの言葉に、俺は深く頷いた。
今回の経験で、俺は「タダだから大丈夫」という甘い考えを完全に捨て去ることができた。ビジネスにおける「信頼」とは、単なる人間関係だけでなく、その背後にある法的な責任が明確にされているからこそ、確固たるものになるのだと。
「よし! この経験を活かして、いつかビジラボが、顧客の大切なデータを預かる立場になった時、絶対的な安心を提供できる会社にしてやる!」 俺は拳を握りしめ、新たな決意を胸に刻んだ。法務、マジで奥が深いし、ヤバいけど、これも会社を守るために必要な知識だ。やるしかない!
📚 今回の学び(神崎メンターの総括)
寄託契約(物を預ける・預かる契約)には、無償・有償に関わらず法的な責任が伴う。
「商人」が行う「寄託契約」は「商行為」とみなされ、民法のルールよりも厳格な「善管注意義務」(善良な管理者の注意義務)が課せられる。
無償寄託だからといって責任が軽いわけではなく、むしろ契約内容が不明確なまま進むと、トラブル時の責任追及が複雑化し、高額な損害賠償に繋がりかねないリスクがある。
今週のリーガルマインド(神崎の教訓) 「『無償』という言葉は、時に思考を停止させ、最も危険な落とし穴を隠します。ビジネスにおける信頼は、感謝や厚意だけでは保てません。その裏側にある法的な責任を明確にすることこそが、真の安心と、持続可能な関係を築くための基盤となるのです。」
💭 青木の気づき(俺の学び)
「タダほど怖いものはない」って、法律の世界でもマジでそうなんだと痛感した。善意でやってくれることにも、法的な責任が重くのしかかるなんて、今まで想像もしてなかった。
俺たちビジラボが「商人」なんだって意識が全然足りなかった。だからこそ、契約一つ、モノ一つ預かるだけでも、プロとしての責任が問われる。この認識を常に持って、仕事に当たらなきゃいけない。
信頼関係って、やっぱり明確なルールがあって初めて成り立つんだな。口約束じゃなくて、ちゃんと契約書とかで責任範囲を明確にすることが、結局はみんなを守ることに繋がる。
🔮 次回予告
俺は「タダで預かる」ことの恐ろしさを骨身に染みて理解した。これからは契約一つ一つに細心の注意を払おうと誓う。しかし、会社の成長には避けて通れない大きな壁が立ちはだかっていた。それは、資金繰りだ。創業期に俺が個人で立て替えていた運転資金があるのだが、経理の斉藤さんがその処理で首を傾げている。「社長、この『社長からの借入金』ですが……契約書、ないですよね? 利息とか、どうしましょう?」
俺はまたもや、安易な考えで「後でいいか」と放置していた問題に直面する。お金を貸し借りする、という行為に潜む、見えない落とし穴とは――。
次回:第28回 お金の契約! 消費貸借契約と法定利率

